第352話

 猫野郎を無視して、トマスさんへと目を向ける。

 うん、かなり憔悴している。この手の話は、ヤコフくんの代わりに対応してもらうしかないだろう。


「……この人たち、契約考えた方がいいんじゃない?」

「ミーシャ様……」

「だいたい、私もイザーク兄様もお客のはずですよね? あなたたちは忘れているかもしれないけど」


 そう言って冒険者たちを睨みつけると、ハッとしたのはマックスさんとシリウスさんだけ。残りの二人は苦々しい顔。ゲインさんは、たんに痛いだけかもしれないけど。


「今までこっちが手伝ってたのは、親切心。移動手段が欲しかったから、ノドルドン商会に話をもっていったに過ぎないの。あーあ。行商のお手伝いとか、そこそこ楽しかったのに、最悪な気分です」

「ミーシャ様、申し訳ございませんっ、あのっ」


 さすがにトマスさんも、顔が青くなってきてる。 


「ミーシャ」


 イザーク兄様も青筋立てて恐い顔をしている。さすがに、宿の裏手でこれ以上流血沙汰は避けた方がいいか。


「兄様、ここからは、彼らとは別行動にしましょう。元々、港町から出られればよかったわけだし。これ以上、彼らと一緒にはいたくないので」

「仕方ないな……トマス殿、世話になった。ここまでの費用を払おう」

「え、いや、いやいや、お待ちください、今、ヤコフ様が出ていまして」

「ああ、ヤコフくんにも、よろしく伝えてくださいな。荷物とったら行こう、兄様」


 私たちは、さっさとその場を離れた。

 そして、宿の中の自分たちの部屋に戻ると、見せかけ用のリュックや手荷物を手にする。そうは言っても、野営に使っていたテントや食料など、そこそこの重さになる。町の外に出たら、全部、アイテムボックスに突っ込んでしまおう。


「ミーシャ、私が持とう」

「お願いしてもいい?」

「ああ、これくらいは問題ない」


 確かに、この荷物くらいは、イザーク兄様は軽々と持てるだろう。


『美佐江、あの程度で済ましてよかったの?』


 部屋から出ようとしたところで、不服そうに声をかけてきたのは水の精霊王様。ミニチュアサイズの姿で、私の肩のあたりでぽよぽよと浮かんでいる。

 さすがに私と共にいる時間も長くなり、あまり目立ちたくはないという私の考えもわかっていらっしゃる。

 たぶん、本気で怒ってたら、ゲインさんは全身氷漬けか、蒸発くらいしていそうだ。

 あの場にいた連中で、精霊王様の姿を見えていた者はいなかっただろう。イザーク兄様も見えていなかっただろうけど、あの魔法は精霊王様のモノだと察していたに違いない。


「すみませんねぇ。精霊王様にも気を使っていただいて」

『あんな生意気な奴らなど、消し去ってもよかったと思うんだけど』

「本当にですよ。まさか、あいつらがあんなことをするなんて」


 今は私たち二人しかいないからか、イザーク兄様にも見えるようにしてくださっているようだ。イザーク兄様も、お怒りモードで頷いている。


『イザーク、あの魔術師、旅の間中、美佐江の行動を盗み見していたのよ。気付かなかった?』


 え、マジで。


『美佐江が水や火を出していた時には、必ず少し離れたところで見てたのよ』


 思わずぎょっとする。視線とか、全然気付かなかった。もしかして、ゲインさんも何か見える人だったんだろうか。


「あいつ……今から、消してこよう」

「兄様、どうどう」

『私も我慢したんだから、イザークも我慢なさい』

「フフフ、精霊王様も、抑えてくれてありがとうございます」


 私の代わりに二人が怒っている。

 その姿を見ていたら、私のほうの怒りはだいぶ霞んでしまった。 

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