第183話

 結局、ヴィクトル様からは『やめておけ』と言われて、その話はなくなったらしいけど、それを聞いて、イザーク兄様、最後まで話を聞いてから行動しろ、と言いたくなった。


「偽、じゃなくて、なんでしたっけ? ドッズ侯爵令嬢、でしたか。彼女は今?」

「……近寄ってくる令嬢たちを、ことごとく虐めてるよ」

「それは……お気の毒……そもそも、ドッズ侯爵令嬢との婚約話は?」

「冗談じゃないっ」


 ダンッとテーブルに握り拳を叩きつけて、顔を真っ赤にして怒鳴るリシャール様。

 そ、そこまで拒否らなくても。


「何かといえば、まるで小さい蠅のように、ブンブンと寄ってきて……なんなんだ、あの女はっ」

「王子……抑えてくださいませ」

「はっ! す、すまない、ジュリアン……」


 ジュリアンと呼ばれた従者が、リシャール様の背中を手で撫でながら落ち着かせている。

 うーむ。

 自分との婚約話はなかったことになってるみたいでよかったけど……ちょっとばかり、彼も可哀相な気がしてくる。


「そもそも、リシャール様には、気になる令嬢とかいないんですか」


 いまだに婚約者が決まってないのが、この末っ子の第三王子のリシャール様。上の兄弟たちには、決まった相手がいるし、全員が政略結婚になるらしい。

 末っ子だけには、恋愛結婚させてやろう、という親心だったりするんだろうか。


「な、何をいうか! そんな者はおらんっ」


 ……顔真っ赤にしてる時点で、ダウトだよねぇ。

 言葉も動揺してるし。


「ジュリアンさん、どうなんです?」

「……私からは申し上げられません」


 うん。これはもう、いるでしょ。


「だったら、その方を婚約者にすればいいじゃないですか」

「だ、だから、おらんと言っただろう!」


 ちょっと、可愛すぎなんだけど。ニヤニヤして見ているうちに、チャイムが聞こえてきたので、その場では、お開きになった。最後まで、リシャール様は「そんなのはいないからな!」と怒鳴ってたけど。


 用事の済んだ私たちは、さっさと学園を後にする。校門の前には、リンドベル辺境伯家の紋のついた馬車が待っていた。


「パメラ姉様」

「何?」


 私たちは学園の門の前に立ち、建物を仰ぎ見た。


「リシャール様の婚約者、まだ未確定なんですよね」

「ええ。そうね」

「王家ではどう考えてらっしゃるんでしょうね」

「さぁ……お父様かヘリオルド兄様なら、何かご存じかもしれないわね」

「むーん、じゃぁ、領都の屋敷に戻りましょうか」

「あ、待って! せっかく王都に来たんだから、お土産買ってからにしましょう!」


 パメラ姉様の言葉に、思わず笑顔で頷いた私なのであった。

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