第8話
ドアが静かに開けられ、人が入ってきた気配がする。足音の感じで、入って来たのは一人だとわかる。
「まったく……なんで私がこんなのの世話をしなきゃいけないのよ……」
不服そうな若い女の声だった。
初めてこの世界に来た時にはさっぱりわからなかったのに、女の言葉はすんなりと理解できた。
もしかして、これってなんらかのスキルのお陰なんだろうか。
アルム様、ありがとう!
「もう一週間も寝てるんだし、放り出してしまえばいいのに」
ブツブツと文句を言ってる言葉の物騒さに、少なからず恐怖を感じた。
というか、一週間も寝たきりだったことのほうが驚きだ。
その間、彼女が私の面倒を見てくれてたのだろうか。申し訳ない、と思ったのもつかの間、いきなり部屋の中での動きが止まった。
どうしたんだろう? と不思議に思いつつも、目を開けるわけにもいかず、ジッとしていると、ペラ、ペラと紙を捲るような音が聞こえてきた。
本? と訝しく思い、薄っすらと片目だけを開けてベッドサイドの方を見てみる。
そこには私に背を向けて椅子に座った若い女の子が、掌より少し大きなサイズの本を手にしていた。
よっぽど面白いのだろう、夢中で読んでいるようなので、私のほうは勝手に彼女を観察した。
年齢でいえば、まだ二十代にはなっていないのだろう。
少し赤っぽい茶色の髪をまとめている横顔は、西洋人っぽい風貌。着ているのもメイド喫茶でコスプレしてた女の子たちが着てるようなお上品な感じのメイド服。
なるほど。時代設定的に、中世から近世にかけてのヨーロッパってところなのだろうか。
それにしても、そこのメイドさん、仕事しないで読書ってどうなのよ。
まぁ、部屋の掃除とかならいいけど、今の状態で下の世話とかまでされたら、私の方が困る事態になりそうだけど。
観察を止めて、再び目を閉じる。
しばらくすると、今度は勢いよくバタンッという音とともに、再びドアが開いた。
音がデカすぎて、びくっと身体が動いちゃったよ……だ、大丈夫かな。
同じように驚いたのか、メイドさんがわたわたしてる気配がする。
「……様子はどうだ」
威圧的な感じではあるが、若い男の声がした。
「マ、マートル様……お変わりはございません」
メイドさんの声が若干浮ついて聞こえる。マートルとかいう若者、イケメンだったりするんだろうか。
「……そうか」
それだけ言うと、マートルと呼ばれた男は部屋から出て行ったようだ。
「はぁ……びっくりした……でも、この仕事で唯一の慰めだわ」
メイドの嬉しそうな声。なるほど。そのためだけに、この仕事を受けてるのか。
まぁ、確かに、介護の仕事と思えば、その仕事に使命感のない若い娘さんには酷かもしれない。
といっても、何もしてないけどな(怒)。
その後、しばらくしてメイドさんも部屋を出て行った。
きちんとドアに鍵をかけて。
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