第292話

 当然、双子が私を庇うわけだが、それ以上にヘリウスが前に出てくる。もう、相手に完全に喧嘩売ってるよね? わざと? わざとなの!?


「騒がしい! 場所を考えろ!」


 あんたもな、と言いたくなるような、怒鳴り声が聞こえた。

 そして、冒険者たちの後ろから現れた大男に、あんぐりと大口をあけて固まってしまった。


「……確かに『オーク』だわ」


 他の冒険者たちよりも、頭二つ分くらい大きい。ムキムキの筋肉、というよりも、少しだぶついているようにも見える。顔つきもオークと言われればオークみたいだ。かなりいい鎧を着ていて、金を持っていそうなのは容易に想像できる。

 でも、それ以上に、ヘリウスたちが言ってたように『嫌な臭い』がする。臭いだけではなく、彼の背後に真っ黒な靄のようなものを引き連れているように見える。あれは、私が見たことのある呪いの靄とは違う、何か別のものだ。


『美佐江、こいつには近づいては駄目だ』

「えっ?」


 突然、火の精霊王様が耳元で話し出した。それも、かなり不機嫌な声。


『こいつは、人を殺し過ぎている。あの靄は怨嗟の靄だ』


 しばらく靄を見ていると、まるで人の顔がいくつも渦巻いているように見える。臭いも大男の体臭かと思ったら、それとも違う。この酷い臭いに、よく、周囲の人間は気付かないものだ。ヘリウスたちは気付いていたみたいだけど、いっしょにいる他の獣人の冒険者は気にならないのだろうか。


「……なんだ。ヘリウス殿下じゃねぇか」

「『殿下』は不要だ。ゴンドー」


 嘲ったような声で話しかけてくるゴンドー。一方で刃を剥きだして威嚇してるヘリウスの姿に、双子たちも驚いている。こいつ、何者? と思って鑑定をしてみると、何かに弾かれてできない。鑑定除けの魔道具を持っているのかもしれない。

 ニコラス兄様にこっそりと聞いてみる。


「何者?」

「コークシスのAランク冒険者のゴンドーだ」

「……へぇ」

 

 Aランクだと双子たちと同じだけど、なんかこう、品がないのは、日々の行いのせいなんだろう。同じAランクとは思えない。というか、怨嗟の靄を纏うような人間を、よくもAランクにしたものだ。ランクが高ければ高いほど、高潔なイメージがあったんだけど、そうでもないらしい。ああ、そういえば、ヘリウスもAランクだったか。

 人間性とか関係なく、単純に実績だけでランクが上がっていく仕組みなのか。それとも、人間性を見抜けないような人間が資格を判断するのか。そう思ったら、なんだかがっかりな気分になる。

 そのゴンドー、ふんっ、と鼻を鳴らして、私たちを見下ろしている。まぁ、デカいしね。上から目線になるのは物理的に仕方がないかもしれないけど、やっぱりムカつく。


「ここは、今、コークシス王室の方がいらっしゃるんだ。お前さんは、遠慮してもらおう」


 なんと。こんなところに王族が、と言いたいところだが、こっちにも一応、ウルトガの王族がいるんだった。王族比率の高さにびっくりだ。

 しかし、ヘリウスを『殿下』と言いながら、侮っているとしか聞こえない言い様に、苛々はつのる。ヘリウスたちもイラっとさせられたけど、まだ、かわいいもんだ。というか、コークシス王室、こんな質の悪そうなのしか雇えないのだろうか。

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