第87話

 屋敷に入ってすぐ、もう日も落ちていることもあり、これから町を出るのは危険だということで、そのままお世話になることになってしまった。


 エドワルド様とアリス様ご夫婦、イザーク様とニコラス様、パメラ様と私、オズワルドさんとカークさん、という風にそれぞれに部屋を割り振られた。屋敷の人たちは、まさか私が女性だとは思わなかったらしい。驚いた顔をされてしまった。まぁね。それを意識した格好してるしね。最初、アリス様は私も一緒にとかごねてたけど、さすがに夫婦の部屋に一緒には泊まれませんって。


 宿屋を探さないで済んで助かったけど、こんなお貴族様の屋敷で着られるような服、私は持ってないぞ。


「気にしなくていいわよ。私だって、旅に出ている間、ドレスなんか持ち歩くわけないじゃない」

「そ、そういうものなの?」


 私はアイテムボックスがあるから持ち歩けるけど、普通の冒険者はそういうわけにもいかないみたい。パメラ様は小さめなマジックバックをお持ちらしいけど、それでも、ドレスの優先順位は低いみたい。一応、貴族のお嬢様のはずだけど、さすが脳筋お嬢様。


「貴族相手の護衛だったりすると、稀に同席するのを求められる時があるわ。でも、今回の護衛は商人のものだったから、当然、荷物を減らす必要があって、持ってきてなどいないわ。だから、このままの格好よ。母も同じだと思うわよ。相手はハリーおじさまだしね」


 そう言いながらも、美しく波打つ金髪をおろして、櫛でといている。部屋の中の灯りに反射してキラキラしている。格好は冒険者だけど、その横顔は、さすがアリス様のお嬢さんだわ。あっちの世界だったら、絶対モデルとか女優さんとかになれると思う。それにしても、本物の金髪って初めて見たなぁ、などと見惚れていると。


「ミーシャ、おいで」


 綺麗に髪を結いあげたパメラ様に呼ばれて、椅子の腰かける部分をポンポンとたたく。座れ、という意思表示ですね。私は、仕方なく、その椅子に腰かける。


「もう……綺麗な黒髪なのに、なんで、こんなに短いの?」


 ちょっと強めに櫛を通すせいで、地肌が痛気持ちいい。


「いや、あっちの世界では、女性でも髪が短い人もいるんだって……ああ、でも、少し、伸びてきたかな」


 前髪を指先に抓んでみる。逃亡することにかまけて、すっかり髪のことを忘れてた。

 召喚された当時に比べると、少し伸びてきていた。前髪は目にかかり、襟足はすっかり髪で隠れてしまい、ちょっとだけ鬱陶しい。ハサミでもあれば、誰かに切ってほしいところ。だって、縛るには短すぎるし、そもそも、この世界には髪を纏めるゴムがないんだもの!


「パメラ様、ハサミあります?」

「ハサミ? 小型のナイフならあるけど」

「あー、じゃぁ、いいです」


 さすがに、自分でナイフですくなんて怖いし、それ以上に、人にすいてもらう勇気はない。そういえば、この世界には美容室とか理容室みたいなのってあるんだろうか。


「まさか、髪を切る気?」

「だって、邪魔だし」

「なんてこと言うの! 女の髪は命と同じよっ」

「……(いつの時代よ……って、ここはそういう世界か)はぁ……」

「お母様も悲しむわ。綺麗な髪なのだもの。大事にしなくちゃ」


 優しく撫でつけるパメラ様の声に、苦笑いするしかない。

 部屋のドアがノックされた。


「さぁ、いきましょうか」

「はい」


 私はパメラ様の後について部屋を出た。

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