第211話

 案内された隣の部屋、というか大きなベランダには、護衛や侍従のような者やメイドたちの他にも、見るからに王族っぽいゴージャスな格好をした人たちがいた。ベランダだけに、外から丸見えかと思ったら、何やら、際に薄いカーテンみたいのがかかってるっぽい。それによってなのか、外の音は聞こえてこない。遮音機能がついてるんだろうか?

 充満している香水の匂いに負けずに感じるのは、血の匂い。

 ああ、もう嫌な予感しかしない。顔を顰めてしまう。


「陛下っ! 聖女様をお連れしましたっ」


 騎士の声に、一気に私の方に目が向けられる。その視線の数とその圧に、つい、後ずさってしまう。さすがに怖いわ。


「せ、聖女様っ!」


 最初に声をあげたのは、奥のほうにいた老人……皇帝陛下、か?

 重厚そうな臙脂色のコートを羽織り、立派な王冠を被り、白い髭をたくわえた一人の老人。ふだんなら偉そうにして、溢れるようなオーラをまとっているのかもしれない。しかし、今の彼は顔を青ざめた、ただの老人にしかみえない。その彼が、若い女性を抱きかかえ、しゃがんでいる。

 抱えられている女性……彼の孫、と言えそうなくらい若い女性は、意識を失っているみたいだ。着ている贅沢な服装からして、王族の一人、というところか。


「聖女様、聖女様、お願いです、エリナを、エリナをお助け下さいっ!」


 涙を堪えた老人に抱えられている女性。老人が彼女の首にあてたハンカチで血を抑えようとしているようだが、それも真っ赤に染め上がっている。その血は、美しいドレスも真っ赤に染めている。そして、首周辺……恐らく傷のあるところだと思うが、黒い靄が漂っている。きっと、呪い、だろう。周囲に、それを判断できるものはいないのだろうか。そもそも、なぜ、誰も彼女に治癒の魔法をかけようとしないのか、と思ったら、教会関係者が誰もいなかった。

 どうも、私をこの国に来させた元凶とも言える、皇太子夫妻とその子供ともども、隣接している教会に、教皇含め、教会関係者全員が集合してるらしい。そして、他の魔法を使える者たちには治癒の魔法が使えないんだと。それで、私を呼び出したということか。

 巨大な帝国を治めているんだ。敵となるものは、いくらでもいるだろう。もしかして、彼女はそれに狙われた、ということだろうか。凶器と思われるナイフは、皇帝たちの目の前にまだ落ちているようだ。そのナイフにも、黒い靄。彼女の首元は、これによって傷つけられたものだろうか。犯人とかは、もう、捕まっているんだろうか。


「あの人は?」


 私はまだ隣に立っていた騎士にこっそり聞く。


「……皇帝陛下の寵姫のエリナ・フィヨンドレ様です」

「ちょうき……寵姫?」


 え。えーっ!?

 まさか、この老人のっ!? どう見たって祖父と孫くらいの年齢差だよ!? この年齢差で、あの溺愛っぷりは、どうなのよ!? ギョッとして周囲を見回すと、皇帝と同年齢っぽい老婦人……皇后だろうか。苦々しい顔をしているし、そして、同じようにこの場にいるのは、息子や娘夫婦や子供たち、だろうか。全員がやっぱり、微妙な顔をしている。

 あ、ああ、なんか、変な想像しちゃうわ。まさかの不倫騒動みたいなもんじゃないわよね? そんなのに巻き込まないでよ?


「聖女様っ!」


 皇帝の悲痛な叫びに、再び彼らの方へと目を向ける。

 どうやって彼女が刺されたのかは、わからないけれど、さすがに見殺しに出来るほど、人でなしではないつもり。私は大きくため息をつくと、皇帝のそばへと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る