第212話

 私の一歩一歩に、視線がつきまとう。表情を押し隠すように、扇子で口元を隠す豪華な衣装を身にまとった女性たち。彼女たちに寄り添うように立つ男性たちは、忌々しそうな目で私を見ている。誰一人、傷つけられた彼女への憐憫の情など一欠けらも浮かんでもいない。

 彼女がここでどういった存在なのか、わからない。しかし、この世界の皇族とか王族とかいう生き物ってのは、そういうモノなのだろうか。昔、テレビで見た穏やかな表情をした皇族の方々を思いだし、世界感の違いをつくづく感じてしまう。彼女を助けようとしてる私なんて、ナビゲーションの地図開いたら、絶対赤い点に囲まれてそうだ。

 うんざりした気分になりながらも歩みを進めていれば、すぐに皇帝と血塗れの寵姫の元にたどりついてしまう。


 それにしても、私の目の前で震える老人は、本当に皇帝と呼ばれる男なのだろうか。寵姫への並々ならぬ愛情あるいは執着に、周囲との温度差を感じて違和感を覚える。

 確か、つい最近まで、他国と戦争をしていたと聞いている。その相手国もすでに属国となり、今回の誕生祭にも呼びつけている、という話を兄様と第一王子が話していたように記憶している。残虐、とは言わないまでも、かなり厳しい相手だと聞いていただけに、皇帝に対するイメージとのギャップに、首を傾げそうになる。

 彼らのそばに近寄り、とりあえず私は小さな声で「ヒール」と唱える。彼女の傷は徐々に塞がり、血は止まった。青白い顔は変わらないが、呼吸は穏やかになっている。

しかし、ナイフによって切られた辺りには黒い靄は残っている。これも取り払うべきか、迷っているうちに、「おお、おお! 聖女様! ありがとうございますっ!」と皇帝に叫ばれてしまった。

 その声と同時に、いきなり目の前に地図が表示された。表示が急すぎて、身体がビクッとなってしまうのは、どうしようもない。たぶん、皇帝の声に驚いた、とでも勘違いするだろう。予想通り、自分が真っ赤な点に囲まれている。

 それにしても、この急な地図の表示は、寵姫が助かったこと、それを私が助けたことが、原因なのだろうけど、そこまで敵対反応出さなくても、よくない? 嫌だなぁ。こういうドロドロした中にいるの。


「とりあえず、傷を治しただけですので。血が多く流れている様子。しばらくは安静にされたほうがよろしいかと」

「おお、おお、そうだな。誰か、エリナを部屋まで運べ!」


 急に先程までの慌てっぷりはどこへやら、急に真面目な顔になったかと思えば、命令を出し始める。そんな皇帝を冷ややかに見つめる皇后たち。

 完全にアウェーな状況にいる自覚はあったので、周りが皇帝に意識が向いているうちに、と、コソコソと、出入り口の方へと行こうとしたら、そのドアが勢いよく開いた。


「何事だ」


 現れたのは、この国の皇太子夫妻。そして、乳母に抱えられた、今回の主役である赤ん坊。そして、その後ろには、彼らに負けず劣らず、キラキラしい格好の聖職者らしき姿。年齢は皇帝と同じくらいだろうか? もしかして、教皇本人か? そして、 その後ろにも数人の聖職者らしき人たちがついてきていた。

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