第213話

 皇太子の声に、室内にいた侍従の一人が駆け寄ると、ボソボソと説明をしている。そして、その侍従の視線は一瞬私に向けられ、皇太子も同じように私に視線を向けてくる。その視線は冷ややか。


「……なるほど。聖女殿に救われた、ということか」


 感情のないその声に、絶対、余計な事しやがって、とか思ってそう、とか思う私。まぁ、この後どうするかは、身内でなんとかしてくださいよ、と内心ムカムカしっぱなし。表情には出さないようにしてたつもりだけど、自信はない。

 周囲に目を向けて見ると、皇太子たちの登場に一気に緊張した表情に変わっている。皇帝よりも、皇太子の方が力があるってことなんだろうか。


「聖女殿」


 皇太子の声に、彼に視線を向ける。その声同様に感情の見えない表情。私はひょこりとカーテシーでご挨拶。


「お初にお目にかかります。ミーシャ、と申します」

「うむ。我が息子の誕生祭の前に、余計な手間をかけさせたな」

「……いえ」

「この後、我が息子に祝福を」

「はい……畏まりました」


 祝福、と言っても、会場にいる人々の前で、王子を抱き上げて頬にキスすればいいらしい。それで祝福になるんだろうか、と不思議に思う。乳母に抱かれている王子へと目を向ける。随分と大人しいと思ったら、眠ってる。こんな人がたくさんいる場で、なかなかのものだわ。

 皇太子たちの登場でいよいよ誕生祭が始まろうとしてるところなのに、皇帝は寵姫が気になるのか、そのままついていこうとしていた。そこに皇太子の冷ややかな声がかかる。


「皇帝陛下、どちらに行かれますか」

「あ、うむ」

「聖女殿が治癒を施したのでしょう。まさか、寵姫ごときのために、陛下の孫であり、未来の皇太子の祝いの席をはずされる、などということはありますまいな」

「うっ」


……なんか迫力が違うんですけど。効果音でゴーッという音がしそうなくらい。これじゃ、どっちが皇帝かわからない。もしかしたら、隣国との戦争、この皇太子主体だったのかもしれない。

 床に広がっていた血や、皇帝陛下の服についていた血痕は、綺麗にされて跡形もない。血の匂いが微かに残っている気はするものの、女性たちの濃厚な香水の匂いで、それも打ち消されてしまったようだ。


「せっかくの祝いの席だというのに、あの者もわきまえないことだ」


皇太子がボソリと呟いた言葉に、ヒヤリとする。あの者、とは寵姫のことか? 怪我した相手にそれはない、と思うものの、ここはそういう世界なんだ、と気を引き締める。ちょっとした失敗が、簡単に自分の足を引っ張ることになる。まぁ、最悪、一人でとんずらしちゃう、という選択肢もあるけれど。そういえば、彼女の呪いのことについて、誰かに伝えないといけないんじゃないだろうか。

皇太子たちの後ろに無言で立っていた、教皇と思われるおじさん。不意に私と目が合うとニコッと笑みを浮かべて、人差し指を口にあてた。しゃべるな、ということだろうか。

 それぞれが決められた席に座る。中央に皇帝陛下ご夫妻、そしてその右隣に皇太子ご夫妻。左隣に教皇、私はその教皇の隣に座った。


「では、始めようか」


皇太子の言葉で、ベランダのカーテンが大きく開かれた。

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