第297話

 使い慣れた枕とベッドで寝ることの、なんと幸せなことか。昨夜はゆっくりお風呂にも入れて、スッキリした私。風の精霊王様も、早めに呼んだせいか、ちょっとご機嫌だ。

 朝靄で白く煙っている庭に出る。久しぶりの森の家だったけれど、庭も手入れがされていて、ゲイリーさん夫婦がマメにきてくれているのがわかる。ついでに、いくつかの薬草類も採取しておく。どこかで落ち着いたら、ポーションでも作ろう。

 朝露に光る美味しそうなベリー類を籠に山盛り積んで、コカトリスの卵をわけてもらう。双子が嬉しそうにゆで卵を頬張る姿が頭に浮かんで、ついニヤッとしてしまう。

 それよりも、お茶だ。土地柄的に、この森で育つかわからないけど、コークシスで苗を買っていきたいのだ。なのに、なかなかお茶の農園も見れないし。さっさと双子を満足させて(けして、攻略全てに付き合うつもりはない)、ダンジョンから脱出しなくては!


 ダンジョンに戻り、まだ寝ていた双子を叩き起こす(どれだけ精霊王様頼みなのだ)。ゆで卵と採れたてのベリーを渡して、予想通りの二人の笑顔に満足する。ベリーの甘酸っぱさに顔をキュッとさせるのを見て、ついつい笑みが零れる。

 テントから出てみると、獣人たちが朝食をとっている脇で、ふよふよとミニチュアサイズの火の精霊王様が浮かんでいる。どうも彼らは彼らで、交流を持っていたらしい。

 手にしているのは、干し肉に、ドライフルーツだろうか。せっかくコークシスにいるというのに、お茶も飲まないのか。絶対、イスタくんは喉が乾いているに違いない。


『火の、待たせたか』


 私がアイテムボックスの中でお茶を淹れられるような小鍋を探している間に、ミニチュアサイズの風の精霊王様が、ふよふよと火の精霊王様の元へと飛んでいく。それに気付いた獣人たちが固まる。ああ、そうか。普通は精霊王様になんて、早々会えるものではない。それが二人も目の前にいるのだから、そうもなるのか。自分の状況が、それが普通だったから、あまり気にしてもいなかった。思わず、頬をポリポリとかく。


『いや、そうでもないぞ……美佐江は、少しは休めたか?』

「ええ。それよりも、大丈夫でしたか?」

『ああ。あの豚どもはどうだか知らんがな』


 なんか楽しそうに言うあたり、一人で様子でも見に行ったのか。地図情報を開いて、周辺の情報を確認する。あのモンスターハウスは、再び真っ赤な表示がいっぱいの状態。そして、あちこちで赤い点が蠢いている。あのオークの集団は、もう入ってきたのか探してみる。なんだか、ここに近い所に長い赤い列が出来ているのがあるが、もしかして、これのことだろうか。


『ここから出る用意が出来次第、風のと交代しようか』

「そうね。でも、その前に、色々確認だけさせてちょうだい。もしかしたら、しばらく落ち着いて話もできないかもしれないでしょ。ヘリウス、あのオークを雇っている王族について、教えて」


 そう言いながら、私は小鍋に『ウォーター』と唱えて、水を入れる。私の意図を察したのか、火の精霊王様がすぐさま小鍋に近寄って、手をかざしただけで、湯になった。この世界で、精霊王様をこんな風に使う人なんて、いないだろう。さすがのヘリウスも、遠い目になってる。


「ヘリウス、聞いてる?」


 私の言葉に、ハッとしたヘリウスが、苦々しい顔をしながら話し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る