第342話
私たちは、少年の母親、ライラさんの案内で『ノドルドン商会』の建物の一室……おそらく仕事用に使われる応接室だろう……に案内されている。
いわゆる貴族の豪奢な屋敷とはまた違い、質素ながらもお金をかけるところにはかけてる、って感じな部屋に感心する。例えば、ソファ。あまりにも肌ざわりのいい生地に、何を使っているのか、つい鑑定してしまう(上質な魔羊って出てるけど、見たことない。ダンジョンにいるんだろうか?)。
人族のメイドさんが楚々とした感じで現れると、私とイザーク兄様の目の前に、紅茶の入ったティーカップが置かれた。
「お茶をどうぞ」
おっとりした声でライラさん(ご主人が、この『ノドルドン商会』の会頭をしているらしい)が、お茶を勧めてくれた。
なかなか美しい茶器に、目を奪われつつ、私は素直に飲んでみた。
――美味しい。
思わず目を瞠る。あの高級宿屋でも、そこそこ美味しい紅茶が出てきてたけど、これはまた、一段階上な感じだ。
「これって、もしかしてコークシスの?」
「ええ! よくおわかりで」
嬉しそうにそう答えたのはライラさん。
「うちの船でコークシスから直接輸入しているんですよ。特に厳選したものを。王宮にも納品してるんです」
「まぁ……凄い」
どうも、この『ノドルドン商会』っていうのは、かなりの大店でシャイアール王国だけではなく、この大陸の各国にも、いくつもの店舗を展開しているのだとか。
「それで、精霊王様、ご要望はうちの愚息を御者に、とのお話でしたが……」
ライラさんの視線は、私の肩へと向けられる。ミニチュアの火の精霊王様が、偉そうに座っているから。そして、愚息と言われた少年も目をまん丸にしながら、見つめている。
『ああ、美佐江がこの大陸を見て回りたいと言ってな』
「ミ、ミサエ様、ですか? ミーシャ様ではなく?」
不思議そうな顔で私の方へと目を向ける。うん、精霊王様たちは、いまだにあちらでの名前で呼んでくれる。正直、嬉しい。でも、こっちの人達には『ミーシャ』で通してるから、改めて聞かれると、ちょっと恥ずかしいんだけど。
「えと、ミーシャで結構です」
「あ、は、はい……それで、うちの愚息にと?」
「火の精霊王様のご推薦、だったんですけど……何か、問題がありますか?」
「いえいえ! 滅多に精霊を見ることなどできない我々に、わざわざ精霊王様自ら、お声かけいただくなんて名誉なことはございませんっ!」
頬を染めながらそう答えるライラさん。見た目は三十代後半に見えるけど、獣人はそう単純じゃないのは、狼の獣人のへリウスで経験済み。しかし、息子さんには、獣人の耳とか尻尾はまったくないんだけど、養子か何か、なんだろうか?
「あ、あのぉ、大変失礼なんですが、息子さんは獣人ではないんですか?」
そう問いかける私に、ライラさんは少し寂しそうな、少年の方は不機嫌そうな顔に変わる。うん、やっぱり、失礼だったか。
「あ、えと、すみません」
「いえいえ、この子は……ヤコフと言うんですが、私と主人の息子で間違いありません。ただ、私がすでに人族と白狼族とのハーフでして……主人は純粋な人族なもので」
「へぇ……クォーターになると、外見は人族っぽくなるのか……」
「く、くぉーたー? ですか?」
「あ、えーと、獣人の血が四分の一になると、人族の方が強く出るのか、と」
少年の表情から、彼としては母親と同じ耳や尻尾が欲しかったのかな、と予想する。
『ああ。だから、精霊の姿も声も聞き取れなかったのだろう』
残念そうに言う精霊王様の声に、ヤコフくんは悔しそうな顔になった。
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