第110話

 ちょっとだけ一人で感動していると、ヘリオルド様がもじもじし始める。何事かと思ったら。


「……それと、そろそろ『ヘリオルド様』はやめてくれないか」


 恥ずかしそうに言うヘリオルド様。

 いや、一応、お貴族様だし、『様』はつけるべきじゃないんですか。


「そうよ、もう、ミーシャってば、畏まり過ぎ。貴女はうちの子供みたいなものなのよ」


 ソファに座りながら、アリス様までニコニコしながら両手を広げる。それは、その腕の中に来い、ということですか。ほれほれ、という感じに手を振るのは、意思表示ですか。そうですか……。


「は、はぁ……」


 おずおずと彼女のそばへと歩み寄ると、ぎゅっと抱きしめられる。相変わらず、いい匂いさせてますな。


「ミーシャ、本当はうちの子にしてしまいたいのよ。でもね、国王様の手前、それも難しくなってしまったわ。一貴族に『聖女』を取り込むという行為は、国への裏切りとも取られかねないからね。それでも、私はあなたの母親のつもりよ。アルム神様が我が家にもたらしてくれた末娘よ」

「ア、アリス様」

「お母様、でしょ?」


 こ、この年で『お母様』ですと!

 そもそもアリス様とは実年齢変わらないのにっ! その上、義理の母にも『お母様』なんて言ったことなかったのに!

 ちょっと、言葉につまると、アリス様……お母様は悲しそうな顔をする。美女の悲し気な顔は、胸にくるものがある。隣に座るエドワルド様まで、叱られた大型ワンコのように、眉を下げて見つめてくる。

 も、もうっ! こうなったら腹をくくるしかないか!


「お、お母様」

「なぁに、ミーシャ」


 ニッコリと笑みを浮かべるのは、美魔女アリスお母様。私の絞り出した言葉に、周囲も興奮しちゃって、室温が上がってる気がする。


「で、では、私はお父様と!」

「ミーシャ、ミーシャ、私は姉さまね!」


 似たもの親子のエドワルド様とパメラ様が身を乗り出して、呼んでくれ! と求めてくる。ニコラス様は声を上げはしないものの、呼んで当然、のようにニコニコ見ている。イザーク様? それはもう手を握りしめながら待機してるよ。

 結局、リンドベル家、全員、『様』をつけて呼ぶことは禁止されてしまった。

 ヘリオルド様とジーナ様も、お兄様とお姉様と呼ぶことになった。二人としては、お父様、お母様と呼ばれたかったかもしれないけど、ヘリオルド様はありにしても(十六歳の頃に産まれた子供だったら)、ジーナ様とでは、さすがに見た目的にも無理があるからね。

 それに、そう呼ぶのは、これから産まれてくる子が一番最初にさせてあげたいじゃない?


 この短い話し合いの間に、なんか、私の中の何かがゴリゴリと削られたような気がする。

 アリスお母様に抱えられたまま、力なく笑みを浮かべる私なのであった。

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