第270話
ヨレウ群島からコークシスの港町まで、航路では何事もなく過ぎ、私たちは無事にコークシスの地に降り立つことができた。かかった時間は案の定、予定よりも二日程早かったらしい。風と水、二人の精霊王様が護衛についた日に、何気に距離を稼いでくれていた模様。ありがたや~、ありがたや~。
結局、あの煩い奥様の方は、この航海の間、文句を言いに来ることはなかった。ご主人にあげた薬は、そんなに大量ではなかったし、下手をすれば群島に着くまでもたなかったはず。それにも関わらず、文句を言ってこなかったのは、辺境伯の身内、ということと、海賊討伐したことが大きな要因なのではないか、と推測する。貴族の身分とか、面倒なことの方が多いはずだけど、相手によっては使うのもアリだよな、と思わされる航海だったのは確かだ。
港町に着いたのは、お昼過ぎ頃。お茶の国、と言うだけあって、港町だというのに、潮の香りの中、お茶の
興味津々に周囲を見渡している私をよそに、双子は自分たちの簡単な荷物を背負うと、多くの乗客が向かっていく町のある方に目を向ける。
「さて、ダンジョンへ向かうには……」
「帝国側に向かう道かな」
「あ、じゃぁ、ここからは別々だね」
「え?」
双子はそっくりな顔で驚いて、私を見下ろしてくる。
「だって、私の目的は美味しいお茶だし」
「いやいやいや」
「コークシスに来たら、ダンジョンでしょ」
「だよね」
それはAランクの冒険者だからでしょうが。思わずジト目で二人を見る。
「あのね。私はダンジョンなんて行ったこともないし、そもそも、そんな所で魔物とか相手になんかできるわけないでしょ」
「何言ってるの?」
「オーク殲滅とかしてるくせに」
「せ、殲滅なんて」
……してなくはないけど。
「大丈夫よ、私とニコラスがいるし」
「そうそう、それに精霊王様たちが守ってくれるよ」
『うむ? 当然だ。私がいれば美佐江に指一本触れさせんぞ』
……なんで今日に限って、戦い大好き火の精霊王様なんだろうな。
「いや、そもそも、武器らしい武器持ってないし」
実際、今の私の武器なんていえるモノは、アイテムボックスに入ってる果物ナイフくらいだ。この世界で自衛手段をまともに考えたら、ありえないんだろうけれど。やっぱり、精霊王様たちに護られていると思うからか、自然と武器関係から遠のいてしまう。それにAランクの冒険者が二人もいるんだ。武器なんて必要ない……はずだったのに。
「そうね。腰に何も下げてないのは、ちょっと不安かしら」
「ただの街道旅だったら、それでもいいけど、ダンジョンに入ったらね」
「いや、だから行かないって」
『何、ダンジョンか、久しぶりだの』
「だから、行かないよ?」
「……コークシスのダンジョンのある町ってさぁ、お茶の名産地にも近いんだよねぇ、確か」
ニヤリと笑って見下ろしながら、そう言い出したのはニコラス兄様。
実際、自分でも調べていて、いくつかのダンジョンの近くに有名な茶所があるのは知っている。
「そうそう、なぜか、ダンジョン近くのお茶は銘茶と言われるのが多いのよね~」
チロリと目線を私に向けるパメラ姉様。
く、くそぉ……。
「さぁ、まずは、ミーシャの武器ね」
「ナイフで戦うっていうよりも、魔法なら必要なのはワンドか? あー、でも、メイスでもいいかもな」
勝手に盛り上がっている双子。その隙に、とソロリと逃げ出そうとして……襟首に手をかけられて、当然、捕まり、パメラ姉様に横抱きにされる私。
「さぁさぁ、行くわよ。ダンジョン♪ ダンジョン♪」
「諦めなって。それに、ダンジョンの中にしかない薬草や鉱物の類もあるしさ」
「……なるほど」
そう言われると、薬師の心が反応する。いつもは冒険者ギルドに発注していて、自分で採りに行ったことがなかったから、どんな感じなのかは気になると言えば、気になる。
『私たちがついているのだ。滅多なことは起こりはしまい』
「……そう言われると、何か起こりそうな気がするんだけど」
「じゃ、行くわよ~」
ご機嫌のパメラ姉様に抱えられたまま、私は港の町の方へと連れていかれるのであった。頭の中で、ドナドナが鳴り響いた気がした……。
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