第220話
飛んだ先は、宮殿の中ではなく、どこかの屋敷の庭園。おそらく公爵家なのだろう。
リンドベル家は自然の野趣溢れる庭が特徴だったけれど、この屋敷の庭は、様々なバラが咲き乱れてる。特に匂いのキツいバラが多いのか、少しばかり鼻につく。庭園の造りとして、昔、夫と共に行ったバラ園と似ているかもしれない。いや、所詮、田舎のバラ園だった。こっちのほうがもう少し上品な雰囲気か。
その庭園を仲睦まじそうに歩いていたイザーク兄様とご令嬢の目の前に、突如現れた私。兄様にマークしてたから、こんな近くに飛んできてしまった。仕方ないよね。えへ。
「キャァァ!」
驚いて叫んだのは、ご令嬢。しかし、兄様は、驚きもせずに、ぼんやりと私に目を向ける。不審者が目の前に現れたのに、近衛騎士としてはダメダメでしょ。こんなんじゃ護衛なんて出来やしない。まぁ、攻撃されたら困ったけど、兄様なら大丈夫、という変な自信があった。
しかし、予想はしてたけど、ここまで反応が鈍いのは、魅了の影響なのだろうか。鏡越しではうっすらとしか見えなかったピンクの靄だったけど、直に目にしてみると、兄様全体が完全にピンクの靄に包まれてしまってる。それも、かなり濃い。
以前見た、子爵令嬢の魅了の魔法は、複数に対してだったせいか、対象者にピンクの靄がまとわりついていた。だから薄かったのかもしれない。
兄様への執着心が強いせいなのか、それとも対象者が兄様だけだからなのか、ピンクの靄が濃い気がする。彼女も魅了の魔法が使えるのか。あまり多くはないと聞いていたけれど。
「何者だっ!」
「侵入者だ!」
剣を抜いて護衛として現れた騎士たち。危ないなぁ、と思いながらも、精霊王様たちに護られてるので、問題なし。ちなみに、精霊王様たちは、ビッグサイズのままだから、余計に不審者感あるかもしれない。
騎士たちは問答無用に切りつけてきたけど、そんなのは精霊王たちには無意味。風の精霊王様が腕を一振りしただけで、騎士達は飛ばされてバラの壁に激突してる。庭師さん、ごめんよ。
一方で、ご令嬢は一瞬、忌々しそうな顔をしたけど、すぐに甘えたような顔になって、兄様の腕にしがみついた。この女、私が誰なのかわかってやってるわよね? 皇太子からの指図もあるのか。なんか、ムカムカしてきたぞ。
「イザーク様ぁ、怖いぃ~」
うわぁ……久しぶりに見たわ。ぶりっ子女。若いと言っても、兄様と学友だったってことは、この世界では行き遅れになるわけで、中身おばちゃんの私から見ても、ちょっと痛々しく見える。
「……セリーヌ嬢……大丈夫です。私がお守りいたします……」
兄様が腰の剣を抜いた。私に向けられた表情は酷く冷たくて、瞳が真っ赤になっている。帝国に来てまだ、数日なのに、ここまで魅了の影響を受けるなんて、どんだけ兄様に魔法をかけたのだろう。だいたい、こんな自分の意思のなくなった兄様のどこがいいのか。ただ見かけだけの兄様への執着なんじゃないのか。
「イザーク兄様、この程度の女の魅了に負けるとは、情けないですね」
私の鋭い言葉に、一瞬、身体が震える兄様。もしかして、兄様に聞こえてるんだろうか?
「イザーク様っ! 早く、あの者を始末してくださいませっ!」
『うるさいぞ、小娘が!』
「キャァァァァッ!」
風の精霊王様が、再び手を振るって令嬢も吹き飛ばされた。スカートが思い切り捲れ上がって、みっともない状態になってる。プッ、カッコ悪い。
兄様は、令嬢の方を見向きもせずに、我々の方に集中してる。騎士らしいのかもしれないけど、女性をエスコートしてた男性としてはどうなのよ。つい、苦笑いしてしまう私。
「精霊王様方、魅了にディスペルは効きますか」
『普通の神官レベルでは無理であろうが、聖女である美佐江のであれば、大丈夫であろう』
水の精霊王様がニコリと笑みを浮かべる。
精霊王様のお墨付きをいただけたなら、いけるわよね。私は兄様の方へ手を差し出しながら唱える。
「ディスペル」
ピンクの靄が一気に晴れると同時に、兄様の身体がガクンッと力が抜けて、地面に倒れ込んだ。
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