第221話
ぎゃぁぎゃぁと煩い令嬢に、沈黙の魔法をかける。
盛大に精霊王様が風を使ったのだ。公爵家の者が、気が付かないわけがない。バラの壁にめり込んでた騎士たちも、壁から抜け出してきている。誰にも邪魔をさせないために、周囲に結界を張った。
「イザーク兄様」
うつ伏せに倒れた兄様に駆け寄り、肩を揺すって声をかけたけれど、反応がない。慌てて仰向けにして首筋に指を当てると、微かに脈をとることは出来た。ただ気を失っているだけのようだ。ホッとして、しゃがみこんでしまう。
『美佐江、大丈夫だ。無理矢理、魅了されていたせいだ。たぶん、彼自身はずっと魔力で抵抗してたのだろう。結局、最後には彼の方の抵抗するための魔力が切れたのだろう。それで抵抗しきれなくなったのではないかな。それだけ、あの小娘の魅了の力が強いのか……』
火の精霊王様が私を宥めるように話しかけると、無音になっても何やら騒いでる令嬢に目を向ける。凄い形相で結界の壁を、ドンドンと叩いたり、蹴っ飛ばしたり。あらあら、貴族のご令嬢がやることではないでしょうに。
『いや、あれは……魔道具か!』
ギロリと睨みつけた火の精霊王様の目に映ったのは、令嬢の両腕の手首に付けられた腕輪。黒い小さな石を何重にも重ね付けされてるそれは、あまりセンスのいい物には見えない。昔見た、ヤンキーの数珠を何重にも重ねているのに似ている気がする。貴族の着るドレスには、まったく似合わないわ。
そしてその腕輪からは、何やら禍々しい紫色の靄が溢れているように見える。魅了の対象者がいないから、充満した靄がピンクから紫色に淀んだ色に変わってしまったのだろうか。あんな魔道具をつけて、兄様にしがみついてたのなら、兄様が負けちゃうのも仕方ないかもしれない。
というか、そもそも、よくこんな女の相手をする気になったわね。イザーク兄様。
『あれは作り手の悪意を感じますわ』
『小娘の執着の強さも、大したものだわ』
『それ、褒めるとこじゃないだろ』
『……燃やしてしまおう』
火の精霊王様が言い切ると同時に、令嬢の手首が燃え上がり、そのままドレスに引火していく。きっと、酷く叫んでるんだろうけれど、沈黙の魔法が効いていて聞こえてこないから、火を消そうと彼女の苦しんでいる様は、滑稽にすら感じてしまう。慌てた騎士たちが、懸命に火を消そうとしているけど、なかなか消えないみたい。さすが火の精霊王様の炎だわ。
私は倒れている兄様の身体を抱えようとするけれど、さすがに私から見ても巨体の兄様は重すぎる。
「兄様を連れ出さないと……『肉体強化』すれば抱えられるかもしれないけど……」
他の人に見られたら、私も兄様も、ちょっと困るか。絵面的にも変だもの。そもそも、私の身長じゃ、兄様の足を引きずっちゃうか。
『美佐江、私が抱えよう』
そう言って、細身な風の精霊王がガッチリタイプのイザーク兄様を抱き上げた。イケメンがイケメンを抱き上げる図は、なかなか絵になる。風の精霊王に軽々とお姫様抱っこされたのを知ったら、イザーク兄様、ショックかしら。
それはそれとして、早い所、この国から出ていったほうがいい、と私の勘が言っている。何せ、精霊王様たちを怒らせたのだ。彼らが、この国に何をするのか、何をしないのか……一応、後で聞いておこう、と心の中で呟く。
「さて、次は第一王子のところに行きますか」
令嬢たちはそのままに、私たちは一気にその場から、王子たちの元へと飛んだ。
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