第267話

 さっき別れたばかりだというのに、すぐに私の元にやってくるとは。双子、過保護、とは言わないけど、どんだけ私を気に掛けてるのだ。今は、ありがたい、と言うべきなんだろうけれど。

 ピーギャーピーギャーと子ブタが泣き喚き、フンゴフンゴと親ブタが鼻息荒く、双子につっかかっている。見苦しいな。


「ぼ、冒険者風情が、儂の手をつかむなどっ」


 ……この人、今回のパーティの趣旨、わかってないんだろうか。そんな親ブタの周囲にいる者たち、多くは貴族なのだろうか。ヒソヒソと周囲の言葉が聞こえてくる。


『まったく、遅れて来たくせに……』

『オークン子爵……情けない……』

『リンドベル様方のことを知らないなんて……』

『所詮、金で成り上がった……』


 なるほど、嫌われ者ってことは確かなのだろう。子爵なのに、金で成り上がり、というのは、金にモノを言わせて入り婿にでもなったのだろうか。こんな群島でも、貴族の世界があるのは、帝国の影響の大きさ、というものなのだろう。

 だからといって、私に救いの手を伸ばさなかった、周囲の人間も同罪だけど。

 子ブタの従者らしき若者は、おどおどしながら周囲に目を向けている。

 周囲の視線は、争っている双子と親ブタに集中している。


 ……今のうちに証拠隠滅。

 私はひっそり『ヒール』と呟く。すると、子ブタの火傷が消えていく。しかし、当の本人はそれに気付かずにギャン泣き中。痛みがなくなっているはずなのに、泣くのに忙しくて気付かない模様。


「お前のところの子供が、うちの息子を泣かせたんだろうがっ」

「どう見たって、あんたんとこのクソガキが、うちの子の服を汚したんじゃないの」


 パメラ姉様、駄目だよ、そんな汚い言葉を使っては。


「パパァ、見て、見て、この手がぁぁぁ……ぁ?」


 みっともない顔で親ブタに縋って、さっきまで焼け爛れてたはずの手を差し出して見せる。そう。もう、すでに、そこはぷにぷにの白い手に戻っている。


「……あれ?」

「どうした、手を怪我したんだ……よ……な?」


 親子ブタ二人ともが、手に目を向ける。握って開いて、握って開いて……ちゃんと動いてるな。


「……おい、どこが怪我だって?」


 パメラ姉様……いや、これ以上は言うまい。

 周囲で見ていた連中も、びっくりしている。そりゃね、火が上がったしね。焼け爛れてたのも目にしたかもしれないけどね。今は、ただのぷにぷにだ。


「いや、た、確かに、この子の手が」

「そ、そうだよ、この手が……ひっ!?」


 自分の手を差し出して見せようとしたところに、ギロリと睨みつけるパメラ姉様の迫力に、子ブタ……お粗相した模様。そこまでか? と思ったけれど、子供相手に殺気を放ったみたい。いやいや、姉様、やり過ぎですって。

 そんなところに一人の男性が登場。立派な格好に、身分の高さがうかがえる。


「ああ、いなくなられたと思ったら、リンドベル様たち、こちらに……なんだ、オークン子爵、彼らに何をした」

「は、伯爵っ」

「領主殿」


 何をした、が前提で言葉が出てくるとは。そういうこと、やりがちな人、決定。

 双子たちもそれに気付いたのか、冷え冷えとした眼差しで親子ブタに目を向ける。


「い、いえ、私どもは何もっ」

「うちの子の服を汚されたみたいなんです。まったく……こんな小さい子に……親の躾がなってないんでしょうね」

「リンドベル様、申し訳ない、すぐに新しい服を用意させよう」


 伯爵と呼ばれた相手が、この地の領主ということなのだろう。いくつもの群島を統治しているあたり、それなりに有能なのかもしれない。それは屋敷の者たちも同様のようで、すぐに、メイドさんが呼ばれ、私は別室へと連れていかれることになった。

 正直、『クリーン』で綺麗にできるんだけど、ここで見せつけることもない。おかげで、この群島の伝統衣装の、アロハシャツに似た感じの濃いブルーのシャツに着替えさせてもらった。この屋敷の使用人たちは皆、この色の服を着ているようだ。まぁ、従者を装ってるから、いいけどね。

 ついでに、裏の使用人たちの部屋で、食事をさせてもらった。パーティの料理の残り物みたいなのだけど、あそこで、人に見られながら食べるよりはマシだと思うことにした。

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