第204話

 くんくんと匂いを嗅いでみるけど、全然認識しない。令嬢たちの香水が微かに匂うくらい。


「なんと、美佐江にはわからんか」

「残念ながら」

「うーむ、仕方ない。ほら、あの辺りが匂いの原因だ」


 ちびっ子精霊王が指さしたのは、王子たちの集団。ピンクの靄が、先程よりも一段と濃くなっているように見える。

 その光景に、鳥肌がたった。本当に、あれは誰も見えないんだろうか。


「あれは魅了だろうな」

「うん? ミリョウ?」

「美佐江は知らないか? 魅了の魔法を」


 ……はい、存じません。

 よくよく話を聞いてみると、なんというか、子爵令嬢、腹黒通り越して、真っ黒に見えてきましたよ。『魅了』というのは、ある意味、洗脳と同じこと。相手に自分のことを好きだと思わせるというではないの。もし、本人が嫌いな相手でも、魅了の魔法にかかってしまえば、その嫌いな相手でも好きになってしまうというのだ。怖い、怖すぎる。


「じゃぁ、あのピンクの靄は」

「魅了の魔法の痕跡だろう。濃ければ濃いほど、魅了の力が強く発揮されている。あれは、意識してやらないと出ないレベルの濃さだ」

「うわぁ、確信犯か……でも、さっき見た時は、薄っすらしたピンクだったのに」

「薄っすらでは、心の中まで沁み込むのに時間がかかるんだろう。あの第三王子だったか、あれは意外に芯がしっかりしてる。魅了には抗ってるんではないか?」


 え、あれで? 笑顔で子爵令嬢を見つめているように見えるけど。


「ほら、よく見て見ろ。他の男どもは瞳の色が赤くなっているだろう?」


 言われてみれば、確かに赤っぽくなってるように見える。


「他の人たちは気付いていないみたいね」

「そりゃ、そうだ。他の連中は、そもそもピンクの靄にも気付いていないのだろう? それが見えない者に、あの赤くなった瞳は見えはしない」


 なるほどね。これじゃ、誰も気付かないかもしれない。それって、誰も魅了に気付かないってこと? と思ったら、やっぱり呪い同様に、見える者はいるらしく、教会関係者に話をするのがよさそうだ。


「あの王子は、まだまともなようだが……あれは、魅了ではなく本気で娘に惚れてるんだろうな。しかし、娘のほうは、あれだけ他の者にも魅了を使ってるのだ。あの者だけでは満足してないのだろう。……王子も報われないな。」


 とことん純愛を期待してた私を裏切るよねぇ。笑顔の王子の姿が、不憫に思えてきたよ。でも、令嬢たちの噂話の様子からも、特に最近が酷いとか。彼女に何かあったんだろうか。

 考え事をしている私をよそに、ちびっ子精霊王、どうも匂いに我慢できなくなったのか、魔法の風をびゅんっと出して、匂いごと部屋から飛ばしてしまった。そのせいで、教室の窓は大破壊されてしまった。

 この騒動で授業が途中で終わってしまったのは言うまでもない。

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