リンドベル辺境伯は神の言葉を信じる(1)
娘が無事に生まれることなく、神の御許に召されて一週間以上過ぎた。
いまだに妻はベッドから起き上がることが出来ないでいる。体力面だけではなく、精神面でも弱ったままだ。
また次がある、と言葉にするのは容易い。
しかし、結婚してから八年目にして初めての子供の誕生に、屋敷中が期待に膨らんでいただけに、屋敷の中は暗い空気に包まれていた。それに応えられなかったことが、余計に彼女を苦しめている。
そんな中、私の仕事は待ってくれない。
領地運営を疎かにすれば、民たちが辛い思いをする。感情を押し殺して、私は書類に手を伸ばす。
ドンドンドンッ
すでに日も落ちて夕食の時間になろうとしていた。そのために声をかけるにしても、いつにもなく、荒々しいノックに、苛立ちを覚えた。
「なんだっ」
私の怒鳴り声と同時にドアが開く。
そこにいたのは、妻の世話を任せていたメイドのマリーだった。
「だ、旦那様っ、お、奥様がっ」
真っ青な顔のマリーに、彼女の言葉を待たず、私は妻のいる寝室へと急いで向かう。
暗い廊下の先、寝室のドアは開かれたままの状態で、そこからは妻、ジーナの悲痛な泣き声が聞こえてきた。
「ジーナッ」
「あなたっ!」
涙で濡れた顔は青白く窶れ、私に縋りつくように細い腕を伸ばしている。
ベッドの脇に座り、妻を抱きしめると、より一層、身体の細さを感じ、悲しみで心が軋む。
「あなた、あなた、あの子がいるの!」
ジーナの言葉に、一瞬、何を言ってるのかわからなかった。
「ジーナ?」
「アルム神様が、アルム神様が、夢でお告げになったの!あの子は、あの子は生きているって」
「……生きてるとは」
訝し気に問いかけながら、妻の目をジッと見つめる。その瞳の奥には必死さはあっても、狂気は見受けられない。
「お願い、助けてあげて、あの子は、今、一人ぼっちなのよっ」
縋りつく手の力強さに驚きながら、妻の言葉に耳を傾ける。
私たちの娘になるはずだった魂が、シャトルワース王国によって『聖女』として召喚されてしまったこと。今は十二歳くらいの女の子となって囚われていたということ。
そして、一人で脱出して私たちの元へと向かおうとしてること。
「お願い、お願い、あなた、あの子を助けてあげてっ」
まともな感覚であれば、妻の言葉は信じられるものではない。
しかし、妻がその少女のことで、元のように元気になってくれるなら、彼女が信じるアルム神の言葉を私も信じたいと思った。
……例え、それが、実在しない存在であったとしても。
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