第127話
顔を真っ赤にして、怒りの表情になっている彼女。なんでこんなに怒ってるんだろう。前に会ったことがあるのだろうか。いったい誰よ?
「おい、その不躾な女はなんだ」
おう……宰相が怖い顔になってるよ。
「は、はい。この者は我が国のとある宿屋に勤めておりまして。その際にこちらの聖女様を拝見しておりましたので、証人として連れてまいりました」
「そうです! この女です!」
「おいっ! 聖女様に失礼だぞっ!」
どんだけ私のことが気に入らないのか、周囲が見えてないみたいで、私に怒りの矛先を向けてる彼女。宿屋……宿屋? そんなこと言われても、いくつかの宿屋に泊ってるし、そんなメイドの顔なんて、一々覚えてなんかいないわよ。
「確かに、シャトルワースにいたことはありますが……悪いけど、貴女のこと、覚えがないんですが」
「っ!」
ちょっと、きつめに言っちゃったけど、私、悪くないよね?
それにしても……うわぁ……人の顔って、ここまで赤黒くなるもんなのね。彼女には悪いけど、その表情は『醜悪』という言葉が似合うわ。飛びかかってきそうな感じだったけど、魔法使いさんが彼女の肩を掴んで、後ろへと下がらせた。
「で、では、我が国にいらしたことはお認めになるんですね」
「ええ。ですが、それがシャトルワース出身ということにはなりませんよね。イザーク兄様もいらしたわけですし」
「そ、それは……」
エンゲルス男爵は身を乗り出すようにして聞いてきたけど、そう簡単な話じゃないよね。
そもそも、この世界って、戸籍みたいなものってないのかしら。まぁ、ないだろうなぁ。人が一人いなくなったって、わからなそうだもの。身分証代わりのギルドカードですら、出身地なんて記載がないしね。
第一、彼らは自分たちの国で聖女を召喚したことを一言も言っていない。疚しい思いがあるからなのか、そもそも、彼らはそれを知らないのか。だいたい、知っていれば……今のこの姿の私を連れて帰ろうというのはおかしい話なのだ。
シャトルワース側の魔法使いさん、エンゲルス男爵にぼそぼそと何やら話してる。男爵は、一瞬、青ざめたけど、最後にはうんうん頷いてる。
どういう話をしたのか。諦めてくれるならいいんだけど、どうも、そうではないらしい。魔法使いさん、地図の悪意感知に徐々に赤く反応しだしてる。まさか、この場で連れ去るとか、攻撃するとかいう馬鹿なことしないわよね。私がジロリと睨みつけたら、そそくさと男爵の背後に隠れてしまった。
「確認したいことは以上でよろしいかな」
フンッと鼻を鳴らして言い放った宰相さん。
「あ、いや、あの……実は聖女様に……お渡ししたいものを国から預かっておりまして」
「渡したい物?」
「はいっ」
……もう胡散臭いこと、この上ないよね。逆に、わかりやすすぎて、笑いがでそう。
渡したい物というのは小さな箱に入っている物らしい。それを手にして私の方へと近寄るのは、さっき男爵の背後に隠れたはずの魔法使い。
「待て」
鋭く制止の声を上げたのは、いつも頼りになるイザーク兄様。
「誰か、それを代わりに受け取れ」
「はっ」
護衛についていた近衛騎士の一人が、魔法使いから箱を受け取り、私の前へと持ってきてくれた。紺色のベルベットで覆われた箱は、見るからに高級そう。いったい、中に何が入ってるのやら……と思って手に取る前に鑑定しましたよ。当然だよね。
……ビンゴ。まさかの『隷属の腕輪』の入った箱。これ、自分でつけても、隷属されちゃうのかしら。
というか、そこまで私って馬鹿っぽいのかしらね。もうさ、怒っていいよね?
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