第90話
ハリー様は深刻な顔をしてソファから立上ると、私の前まで来て、片膝をついた。まるで騎士が、忠誠を誓う姿のようだわ。目の前にいるのはドワーフだけど。
「聖女ミーシャ様、知らなかったこととはいえ、先程は誠に失礼いたしました。遠路はるばる、レヴィエスタ王国にお越しいただき、感謝の言葉もございません」
「あ、あの、お気になさらず……どうぞ、お立ちになってください」
「なんとお優しいお言葉を! 不肖、ハリー・エンロイド、感激で涙が溢れそうですぞ!」
その言葉通り、いかついドワーフ顔のハリー様の大きな目には、涙が浮かんでる。
な、なんで、そこまで、と思ったら。
「いわゆる『聖女』と呼ばれる方は、普通は市井になんて現れることなんてないんだよ。だいたいが教会か、どこかの王家に囲われてしまうものなのだ」
「ああ、なんとなくわかる気が」
イザーク様の言葉に、実際、囚われて寝たきり状態だった場所自体、メイドさんと、なんか偉そうな男の人しか来なかったことを思い出す。
「確か、どこの国も百年単位で聖女召喚など行ったことなどなかったはずだがな。そもそも、召喚自体が必要なかろうに」
「ああ、今の時代、魔物自体も落ち着いている。極端な発生事例の報告もほとんどない」
ハリー様が立上って席に戻りながら、鼻息荒く憤っている。その言葉に、エドワルド様も、苦々しく言葉にする。その言葉に、私の魂が、無駄な召喚に使われたっていう怒りに似た思いがヒシヒシと伝わってくる。
……うん、初孫のはずだったんだもんね。
この砦周辺は魔の森の外縁からも少しだけ離れている。それでも、時折、魔物が現れることがあるのだとか。それでも大した回数ではなく、最近は、むしろ野生動物のほうが多いのだとか。うん、平和だよね。
「あ、でも、オムダルでオークの大規模集落が出来てましたよね」
「あれは、どう考えても、ギルドの怠慢だろ」
「そ、そうなんですね……」
バッサリ切り捨てるエドワルド様に、パメラ様もうんうんと頷いている。
「こまめに間引いていれば、あそこまでの規模になるはずがないの……あれ以上放置してたら、スタンピードが起こっていたかもしれないけど」
「まぁ、おかげで旨いオーク肉を山ほど手に入れられたけどね」
ニコラス様の少し気の抜けた発言で、場の空気が少し和む。
「とにかく、まずは無事に国に戻れたことは喜ばしいことだ。後は、できるだけ早く、ヘリオルドとジーナの元に、ミーシャを連れて帰るだけだ」
「おお、そうだな……であれば、うちのワイバーンたちを使ってくれ」
「いいのか」
「ああ、最近、あまり乗ってやれなくてな。訓練も兼ねて、乗ってやってくれんか」
「おじさま、そっちの方が本音でしょう?」
パメラ様の揶揄うような声に、ガハハと笑うハリー様。他の皆も、優しい笑みを浮かべている。
うん、なんか、いいね、こういう雰囲気。
それなのに、外からは、正直、嫌~な気配が漂ってる。
というか、自動で立上った地図に、真っ赤な点が一つ、ドアの前を落ち着きなくウロウロ動いてるのが見えて、逆に不愉快だわ。
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