閑話
メイドは悪意にほくそ笑む(1)
いつも通りに、部屋を掃除し整えて、接客をして、お料理をお客様にお出しする。それが私の仕事。
この高級宿『ハウゼンド』にお泊りになるようなのは、お貴族様か大商人くらい。時々、嫌な感じの人もいるにはいるけど、それほど多くはない。時々チップをくれることもあるから、お尻を触られるくらい大したことはない。
今日も特別室に来たのは、有名なお貴族様らしい。支配人が得意気にそう言っていた。一人がお貴族様で、残り三人が警護している冒険者か何かなんだろう。一人はずいぶんと小さい子供みたいだったけど。
なんでも隣国の武術大会で優勝したことがある方とかだそうだ。そんな方が、なんでこんな街にやってきたのか不思議だった。
夕食の時間になったのもあり、従者の方に呼ばれた私たちメイドは特別室へと向かう。
澄ました顔で部屋の中に入っていく。メイド仲間たちも、お貴族様に気に入られれば、とか思ってるに違いない。私もそうなんだもの。
部屋に入ってすぐ、お貴族様の横顔をチラリと見て、一瞬、息が止まりそうになる。
今までも何人かの地位のある方々のお食事の準備をしたことはあるけれど、この方ほどお美しい方はいなかった。この方にお手をつけていただけたら、そんな想いが頭をよぎった。
それなのに。
なんでこのテーブルに、孤児のような格好の女が座っているの?
あのお方と親し気に話している。
あんな女、いつの間に一緒にいたのだろう?
苛々しながらも、メイドとしての仕事はちゃんとやる。
でも、でも! あの女は何なのだ?
苛立ちを抑えながら、部屋を出ていく。
調理場に戻りながら、他のメイドたちは当然、あの女は何なんだという話になる。そういえば、と、子供のような従者が一人だけいた、とメイド仲間の一人がぽつりと言った言葉に、あの子供か! と皆でガクリと肩を落とす。男だと思ってたのに、まさか女だなどと誰が気付いただろうか。
もう自分の仕事は終わったけれど、再び特別室のドアの傍へと向かってみると、警護する人影がない。不用心と思いつつも、私にしてみれば幸運としか思えない。
―――あの女の正体は何なのか。
足音を忍ばせてドアに近づく。
普段ならドアから微かに物音がするはずだが、今日に限ってはまったく聞こえない。不審に思った私は、頭の中で『忘れ物があった』という言い訳を頭に考えつつ、ドアのノブに手を伸ばす。
少しでも、中の様子が知りたかった。あの女の正体が知りたかった。
なんで、あの方とあんなに親しげなのっ!
「アッ!」
触れようとした指先がバチッと何かに弾かれ、思わず小さく声を上げてしまった。
慌てて、周囲をキョロキョロと確認する。すぐには誰も来そうもないことに、ホッとしながら、ドアのノブを忌々し気に睨んだ。
たぶん、魔法か何かなんだろう。だから警護する人がいなかったのか、と納得するも、弾かれたことが「お前はダメだ」と言われたようで、ひどく口惜しかった。
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