メイドは悪意にほくそ笑む(2)

 翌朝、苛立ちを抱えたまま、お貴族様たちの出立を見送る。

 あの孤児のような女は、まるで少年のような格好をして、彼の後についていった。その姿が、余計に私を逆撫でする。

 なんで私は、あの方の傍にいられないで、あんなのが一緒にいるんだろう。

 一瞬、私と目があった女は、ムカつくほどに私を無視して宿を出て行った。



 彼らが出立した翌日の夕方、王都からのお客様がやってきた。今度は魔術師団の若者三名。魔術師団といえば出世コースの一つで、嫁入り先にうってつけと言われる。

 当然、私たちメイドの目もギラギラしたモノに変わるけれど、お客様にはそれを悟らせてはいけない。そうでなければ、高級宿『ハウゼンド』の接客の質が問われるというもの。


「怪しい老婆、ですか?」


 支配人が魔術師団の若者たちと話しているのが聞こえてきた。


「ああ、ここ二、三日で、訪れたりはしなかったか?」

「いや、最近のお客様でこれといって、目だったお客様といえば、リンドベル様ご一行くらいでしょうか」

「リンドベル?」

「もしかして、レヴィエスタのリンドベル殿か」

「ああ、そうでございます! いやぁ、なかなかの美丈夫で、うちのメイドたちもお傍仕えがしたくて、争奪戦になっておりましたよ」


 楽し気に言う支配人とは裏腹に、魔術師たちは訝しそうな顔になる。


「リンドベル殿は、あちらの第二王子とともに我が国にいらしてはいたが」

「第二王子は先日、転移陣でご帰国されたはず」

「なのに、護衛であるはずのリンドベル殿が、この地に?」


 三人ともが困惑しながら話し込んでいるところに、支配人の元にメイドの一人が部屋の用意が出来たと伝えに来た。

 

 私の中で悪意が芽生えても仕方がないと思う。だって、おかしいもの。あんな孤児みたいなのが、美しい方の傍にいるなんて。



「魔術師様」


 私は、支配人の後をついて階段を登っていく魔術師の一人に声をかけた。

 たぶん、この中で一番若い人だろう。ちょっと肌荒れが目立つけど、まぁ、そこそこ見られる容貌。私は上目遣いに甘えた声で言葉を続ける。


「あのお貴族様なんですが」

「……リンドベル殿のことか」

「はい」


 魔術師はチラと登っていく者たちに目を向けたが、すぐに私の元へと階段を降りてきた。


「何か」

「はい……あの、あの方たちの中に、小柄な女性が一人おりました」

「なんだと」

「ええ、でも、見た目はよくわからなくて……馬で移動されているのに、女性連れというのも……ねぇ?」

「そうか、わかった」

「違うかもしれませんが……怪しいといえば怪しいかと……」

「ああ、どんな情報でもありがたい、助かった」


 そういって、魔術師はそっと銅貨を一枚私に握らせた。


「いえ、そんな」

「受け取っておけ」

「……はい」


 私はペコリと頭を下げて魔術師の元から離れる。この情報に銅貨一枚なんて、ずいぶんとシケている。

 それでも、これで、魔術師たちが追いかけるようになって、あの女が捕まったりしたら、ちょっとした嫌がらせくらいにはなるかもしれない。例えそれが、魔術師たちが探している相手でなかったとしても。


 ―――私は言ったもの。『違うかもしれませんが』と。


 私はニヤリと嗤うと、銅貨をエプロンのポケットへと仕舞い込んだ。

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