第61話
翌日、朝はゆったりとした朝食を、といきたいところだったけれど、シャトルワースの魔術師たちがこの町にいると思うと、落ち着かないので、さっさと宿を出ることにした。昨夜もそこそこ美味しい食事だっただけに、ちょっとだけ残念。
オムダル王国側へと抜ける門の方へと向かうために、まだ日が登り切る前に宿を出る。
「ミーシャ」
はいはい。
定番のイザーク様の笑顔とともに、手が差し出される。だいぶ慣れた。うん。
ひょいっと簡単に馬上に乗せられ、ポクリポクリと町の中を馬を進める。
まだ早い時間だけれど、すでに門が開かれているのか、反対側の門への人々の流れが出来ている。入るときはかなり時間がかかってたけど、出ていくほうはノーチェックのようで、長い列にはなっていないようだ。
「この砦を出ると荒れた平地が広がっている。その先にオムダル王国側の砦がある」
頭上からイザーク様の淡々とした声が聞こえてくる。
「その平地の中間地点が国境となる。門を出たら、一気に駆け抜ける。しっかりつかまってろ」
「……はい」
地図上では嫌って言うほど確認してた。
オムダル王国とシャトルワース王国は、現在長い休戦を挟んではいるものの、戦争中なのだ。人の流れはあっても、国交はない。だから互いに砦を築いて、警戒しあってる。
その緩衝地帯である平地は、何度も何度も繰り返される戦によって荒れてしまったそうだ。
国境を越えてしまえば大丈夫、という気にはならない。荒れた平地など、例え国境を越えたとしても、追いつかれてしまえば終りな気がする。
「門を抜けるぞ」
少し緊張したイザーク様の声に、私もゴクリと喉を鳴らす。
そして大きな石造りの門を越えようとした時、後方から何頭かの騎馬の蹄の音が聞こえてきた。
「……リンドベル殿!」
微かにイザーク様の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。もしかして、ハーディング様が追いかけて来たのかしら。
振り返って見ようかとした時。
「はっ!」
その声を完全に無視したイザーク様は、門を出た途端、街道を行く旅人や馬車たちの脇に出ると、勢いよく馬を走らせた。それにならって、オズワルドさんもカークさんも私たちの後を追うように、街道の脇を馬を走らせる。
砦に到着するまでも、それなりに早く走らせていたと思うけど、今回はそれって本気じゃなかったのねって思い知らされた。
「うわわわわ」
「ミーシャ、しっかり口を閉じてろっ。舌を噛むぞ」
「んっ!」
後方からの蹄の音の数から、オズワルドさんたち以外の馬も追いかけてきてるみたい。なんで追いかけてくるの? まさか、バレたの? そう思ったら血の気が引いてくる。
嫌だ、嫌だ、絶対、戻りたくなんかないっ!
アルム様、助けて!
私は強く強く祈った。
そして、永遠とも思えるくらい、馬にしがみついていた。
「はっ、はっ、はっ、ミーシャッ、もう、大丈夫だ」
どれくらい経ったのか、息の上がったイザーク様の声に、ようやく身体の力が抜ける。周囲を見渡すけれど、荒地の状態は変わらない。街道を行く旅人の姿がほとんど見えない。
後ろを見ると、同じように肩で息をするオズワルドさんとカークさん。馬たちも思い切り走ったせいか、身体から湯気が立っている。
「ほら、見てごらん」
イザーク様に言われて前を見る。
遠くに、町の姿が見える。
「え、もしかして」
「そう、もう国境を越えてるんだ」
「うそ」
「うそじゃないよ。さぁ、あの町を目指して、馬を進めようか」
優しく話しかけるイザーク様の言葉に、私は思わず涙が出た。
ようやく、ようやく、シャトルワースから抜け出せた、その事実に涙を堪えることなんて出来なかった。
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