第146話

 国王様の挨拶が終わると、今度は私の名前が呼ばれた。今回の夜会の目的は『聖女』たる私のお披露目も含まれているからだ。もう、それだけでゲッソリだよ。

 わかってたことではあったけれど、なんの罰ゲームだろう。大勢の人の前に出るのなんて、謁見の時以来ではあるけど、あの時はもう少し人が限定されていたように思う。今回のは、中学や高校時代の卒業式の会場よりも人が多い。


「ミーシャ」


 すぐに動かなかった私を心配して、イザーク兄様が声をかけてくれた。よっぽど不安そうな顔をしていたのだろうか。兄様が私の背中を押しながら、共に前へと進んでくれた。

 私は国王様の前に立つと、カーテシーでご挨拶をする。


「『聖女』ミーシャ、おもてをあげよ」

「はい」


 目の前には優し気に微笑む国王様と、同じように笑顔の王妃様がいらっしゃった。今日の国王様には黒い埃は舞っていない。うん、よかった。


「先日は、余の呪いを祓ってくれて、助かったぞ。なかなか直接会う機会がなかったので、礼を言えなかったのが気になっておったのだが、本日、ようやく礼を言うことが出来る。ありがとう」

「いえ! とんでもございません。たまたま、私に出来ることがあったということです」

「ふむ。本来であれば、教会の本部たる王都の大聖堂にて、居を構えていただき、我が国の為に祈りを捧げていただきたいのだが……」

「申し訳ございませんが、それはお断りいたします」


 無理無理無理。確かにいるだけで浄化されるって言われたけれど、『聖女』のお仕事って、お祈りとか関係なくない? アルム様からは、そんなこと頼まれてないし。

 リンドベルに帰りたい、って話はすでに通ってるはずなのに。思い切り私は不服そうにそう答えると、比較的、壇上に近い所にいた貴族たちから「なんと!」「無礼な!」とかいう声が聞こえてきた。

 無礼と言われようが、嫌なものは嫌。たぶん、相当嫌そうな顔をしちゃったのだろう。国王様が苦笑いしながら、手をあげて周囲を宥めている。


「よいよい。その理由を教えていただいても?」

「……こんな魔窟みたいなところにいたら、長生きできませんから」


 私は国王様にだけ聞こえるような小さな声で、そう答えると、国王様も隣に控えるように立っていた王妃様も目を真ん丸にして驚いている。まぁ、その魔窟で暮らしているご本人たちだもの、そうなるのも当たり前か。


「魔窟か……」

「言い得て妙でございますね……」


 お二人ともに納得しつつも、残念そうな顔をする。いや、そんな顔されても、お断りですから。


「無理にでも、とおっしゃられたら、この国から出て行きますので」

「いやいやいや、それは勘弁してほしい」

「ええ、まだ、貴女とは色々お話もしてみたいのよ」


 二人がかりで私を説得しようとしているところに、会場の後方、出入り口付近からざわめきが聞こえてきた。


「何事だ?」


 王太子様が傍にいる従僕に問いかけると、別の近衛騎士が駆け寄って、何やら伝えている。なんだろう? と振り向くと、ぴかーんって勢いよく地図情報が表示された。

 うわぁ。なんか、すんごい真っ赤な集団がこっちにやってくるみたい。マジで勘弁してよ、と思いながら、その集団が現れる方向を睨みつけた。

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