第145話

 馬車から降りて会場のある方へと歩き出す。通路は同じように夜会に招待された貴族たちでいっぱいだ。

 そして相変わらず、王城の中は魔窟のようで、赤い点があちこちに散らばっている。勝手に立上る地図情報に嫌気がさして、自動で立上らせない設定はないのか探したけれど、そこまでの便利なものはない模様。余計なところが便利になりすぎてて、逆に面倒なことになっているから、ため息しか出ない。やっぱり、早い所、こんな場所から逃れたい。


「ミーシャ、もうちょっとだから」


 そう宥めるのは、隣に立っているイザーク兄様。人の多さに辟易しているようにでも見えたのだろうか。私の今の状況を知らないなりに、気を使ってくれているようだ。私を支えるように背中に当たる兄様の大きな手に、少しだけホッとする。


 夜会の会場に入った途端、我々リンドベル家へ様々な視線が突き刺さってきた。イケメン二人に美女が一人、堂々と会場入りしているのだ。つい目が行くのもわかる気がする。その視線の一部が、一緒に歩いている私にも向けられるわけで、そのほとんどは好奇心によるものなのだろうけど、あんまり人に見られるというのは居心地が悪いものだ。


 イザーク兄様に誘われ、私は会場の前の方、王族の方々が登壇されるだろう場所の近くに向かった。その途中、兄様たちを知っている(でも兄様たちはそうでもない)方々が近寄ろうとしたけれど、イザーク兄様の厳しい顔にそそくさと離れていく。一応、パーティなんだから、そんな顔しないほうが、と思うものの、嫌な人や面倒そうな人が近寄って来ないことを考えると、ありがたいとも思う。


「イザーク!」

「……エッケルス様!」


 兄様の名前を呼んだ、立派な体躯の男性が、にこやかに私たちの方へと歩いてきた。この前の謁見の時に、親子鑑定した人なのは、すぐにわかった。彼の後ろには、王妃様のお茶会でご一緒したエミリー様と、息子さんがついてきている。


「警備ではなく客としてここに来るのは、久しぶりではないか?」

「そうですね……本日は『聖女』様の護衛も兼ねておりますから」

「ああ、そうであったな……『聖女』様、ご挨拶をさせていただいても、よろしいか」

「あ、はい」


 エッケルス様が息子さんと奥様を紹介してくださって、和やかに話をしているところで、前の方で銅鑼のような音が鳴った。


「国王陛下、王太子殿下、並びにお妃様方、ご入場」


 その声と共に、会場にいた男性たちが頭を下げる。女性たちは一様にカーテシーをしているので、私もそれに倣った。


「皆の者、今夜はよくぞ集まってくれた。おもてを上げよ」


 その言葉に、周囲は一気に顔をあげる。一段高いところに、国王陛下たちが並んで立っている。その貫禄のある姿に、何があるわけでもないのに、緊張する。ふと、壇上から少し離れたところで、第二王子とマルゴ様の横顔が見えた。婚約者だからパートナーとして同伴しているのだろう。

 薄っすらと笑みを浮かべ前を見ている第二王子に比べ、マルゴ様は若干顔色が悪そうに見えて、少しばかり心配になる。というか、隣にいるんだから気にしろよ、第二王子、と胸の中で怒鳴りつけていたのは秘密だ。

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