人を呪わば ーコークシス第三夫人の場合ー (3)

 金色に輝く長い髪を丁寧に洗う侍女たちに任せながら、第三夫人は目を閉じる。

 信者に言われた通り、三か月の間、第三夫人は小さな茶筒を持ち続けた。そして、呪いの期間を過ぎてから、ウルトガでのメイドの入れ替えと共に、『魔物の種子』と高級茶葉にまぜた『魔物の葉』を送った。当然、メイドには使い方を教え込んである。

 転移陣ではなく、馬車で向かわなければならないメイドたちが、そろそろウルトガに着いても、いい頃合いだった。

 一度も会ったこともない、義理の息子の実母。邪魔でしかない、存在が早く消えてなくなればいいのに。

 大きく溜息をついたその時。


 ドドドンッ


「きゃぁぁぁっ!」


 大きな爆発音とともに、浴室のドアが弾け飛び、粉々になる。同時に白い煙が勢いよく、浴室の中に入りこみ、一瞬で周りが真っ白になり、視界がまったく見えなくなる。


「ゴホゴホッ、な、何事かっ」


 侍女たちの叫び声が聞こえたが、それもすぐに聞こえなくなる。髪を洗っていたはずの侍女の存在も感じない。何が起こっているのかわからず、第三夫人は慌てて湯船で立ち上る。

 白い煙は薄まることもなく、そして浴室の外から、ジリジリと燃える音とともに、焦げ臭い臭いまで漂ってきた。


「まさか、火事かっ!? 誰か、誰か、おらぬかっ!」


 裸のままの第三夫人は、着替えを求めてドアがある方へと、向かおうとするが、足元の破片を踏んでしまって、前に進めなくなる。その上、真っ白い煙の中で方向がまったくわからない。

 そんな第三夫人の足元に向かって、黒い靄が床を這うように進んでいく。

 彼女は、まったく気付かない。


「だ、誰かっ……な、なんじゃ! 足に、足に何かっ……ぎゃ、ぎゃぁぁっ!?」


 黒い靄は、まるで意思をもった蔦のように、第三夫人の足に絡みつく。

 悶え、叫ぶ第三夫人は、あっという間にその靄に包まれ、ついには真っ黒な繭のような物に包まれてしまった。




 紅い炎がどんどんと部屋の中を回っていく。広いその部屋には、古木と化した侍女やメイドたちが、床に倒れ、火に焼かれていく。

 ガンガンガンッという激しい音と共に、第三夫人の部屋のドアが、強引に壊される。


「ゴホゴホッ、火を、火を消せっ!」


 護衛たちによる水魔法で、すぐに部屋の中の火は治まった。中に入りこんだ面々は、真っ黒に焦げた部屋のあまりにも酷い状況に、顔を顰める。

 部屋中を見て回った者たちは、一様に首を捻った。


「怪我人も、死体もない……第三夫人は、どこへ行かれたのだ?」


 多くの者が探し回ったけれど、第三夫人を含め、関係した者たちを見つけることは、できなかった。ただ、出火元と思われる、第三夫人のベッドの脇の鏡台の上に、真っ黒く煤けた小さな筒だけが残っていた。

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