第226話

 屋敷に戻っていたイザーク兄様は、翌日には復活していた。若いって凄い。早朝からベッドから抜け出し、さっそく朝練してきたという。

 しかし、学友として仲良くしていた相手に、魅了をかけられ、簡単に落ちてしまったことが、よっぽどショックだったのか、朝食の場で、私の顔を見るなり、跪いて謝られた。


「ミーシャに刃を向けるなんて、自分が許せない!」

「まぁ、あれは仕方がなかったし」


 たぶん、イザーク兄様だから、あの程度で済んだんだと思う。今思い返してみても、あの魅了の魔法の色合いは尋常じゃなかった。それだけの執着ということなんだろうけど、あれはないわ。


『そうだな。あれだけの魅了に堪えられただけでも、大したものだ』

『ええ、あれは酷かったもの』


 いきなり現れたのは、ミニチュアサイズの精霊王様たち。たぶん、いきなりすぎて、周囲にいたメイドさんたち、固まってます。すぐに反応をしたのは執事のギルバート。さすがセバスチャンの再教育が行き届いている模様。

 火の精霊王様と土の精霊王様、二人からそんなことを言われて、イザーク兄様は困ったような顔になる。本人にしてみたら、自覚がなかったのだろう。


「そうなの?」

『あの娘のしていた腕輪自体に魅了の力が付与されていた。それも増幅するようになってて質の悪いこと。それも両腕にしてるのよ? 気色悪いったらないわ』


 私の問いに、同じように現れた水の精霊王様が嫌そうな顔をしながらそう言うと、両手で腕をさすった。


『どこで手に入れたのか知らんが、そもそも作った者の意図も最悪だ。あんなの一つでだって、普通の人間の意思は刈り取られたって仕方がない』

「そんなに強いものだったの!?」

『そうだな。あの娘の執着と重なって、かなり強力になっておった』

「イザーク兄様、凄いわ」


 精霊王様たちの言葉を聞いて、改めて兄様の凄さにビックリ。思わず尊敬の眼差しを向けると、イザーク兄様は、照れ臭そうな顔になって、ちょっと可愛いとか思ってしまった。

 後から聞いた話では、あの公爵令嬢、実は出戻りだったらしい。相手の方はなんと、皇太子だったのが、今の皇太子妃との話が出て、離縁させられたとか。元々、好きでもない相手ではあったそうだから、彼女としては願ってもないことだったらしい。

 その後、再婚話もいくつかあったのを、すべて断っていたそうだ。あの彼女の執着具合から、ひたすらイザーク兄様のことを想っていたのだろうか、と想像する。

 まぁ、人を好きでいるのは自由ではあるけれど、魅了で無理矢理に、というのはなぁ……。恋愛なんて、ほどほどに情熱があるくらいが、ちょうどいいと思うんだけど。

 それでも、彼女に甘い顔をしたイザーク兄様も悪いと思う。彼女が期待したのも、わからないでもない。なにせ、それなりの地位もあり、イケメンで優しいのだもの。


「……面目ない」

「イザーク兄様は、イケメンなんですから、注意してください」

「イケメン?」

「カッコいい男性のことです」

「……ミーシャから見ても、私はカッコよく見えるか?」

「そりゃ、誰が見てもカッコいいでしょう? 何せ、近衛騎士なんだし」

「いや、そうなんだが……」

『美佐江、そこは空気を読んであげては』


 そう指摘するのは土の精霊王様。

 いや、一応、敢えてなんだけどね。ここで甘やかしてはいけない気がするのだ。


「それよりも早く席について。せっかくの朝食が冷めてしまうわ」

「う、うむ」


 素直に自分の席につくと、食事を始めるイザーク兄様を見て、内心ホッとする。

 前からわかっていたことではあるが、兄様の想いは、他の家族たちの溺愛の方向性が違う。こんなちびっ子にその手の愛情を持つ、なんて、ロリコンなのか!? と、違う意味で恐怖を感じでしまう。いや、イザーク兄様に限って、そんなことはない……はず?


「ミーシャ、どうした」

「あ、いえ、なんでもありません」


 ニッコリと微笑みながら、私は目の前の食事に向き合うことにした。

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