第301話
冒険者がいなくなっても、食堂の騒めきは変わらない。まるで最初から彼らなどいなかったように、あちこちで楽し気な声が聞こえてくる。一方で、ヘリウスは不機嫌さを隠しもせず、コップに酒を注いでいる。我慢させたのだ、そこは指摘しないでおこう。
ニコラス兄様に『ローデンヴァルト夫人』とは誰か聞いてみた。彼女はコークシス王室での第三王子の養母にあたるらしい。ローデンヴァルト夫人の家は古くからある侯爵家らしいが、そんなにお金のある家柄ではないらしい。そこから、しぶちん、という話が出てきたのだろうか?
「……確かに、獣人の冒険者の数は多かった」
この食堂の様子を見ると、確かに獣人は我々のテーブルだけだ。それは、この宿が高級な類だからなのかと思っていた。
「ウルトガの周辺国で獣人の冒険者は、そう珍しいことではないが、あいつらのように差別する者もいないわけではない……特に貴族階級には、むしろ多い」
「獣人の冒険者たちが、貴族と直接かかわることはあまりないと思うけどね」
ニコラス兄様が大きな芋の煮たのを、大口を開けて頬張る。この食べっぷりからは、お貴族様感はまったく感じないだろう。見た目はキラキラ系なのに。
「しかし、今回の第三王子のようなのもいる」
「……彼らが依頼を受けたのは、王子がウルトガ出身だからでしょうか」
イスタくんが眉間に皺をよせながら、ヘリウスに問いかける。
「どうだかな。自分を捨ててコークシス王室にいった息子のために、第三夫人が根回しをしているとは思えないがね。あの女は、離宮から一歩も出てきたことがなかったしな」
引きこもりか……まぁ、内縁の妻であり続けた、ということは、あまり強く言える女性ではなかったのかもしれない。そんな女性が他国に嫁いだのだ。それも、相手にもされないとなれば、余計に内にこもってしまってもおかしくはない気がする。
「むしろ、獣人たちのほうが高い金がかかると思うんだがな」
獣人の身体能力は、種族によっては人族の何倍かになるらしい。護衛として雇うなら、それなりの金額になりそうなのは、私でも想像がつく。けして安いとは思えない。むしろ、ローデンヴァルト夫人は頑張ってお金を出してるってことなのではないか。きっと、あのオークだって、安くはない。
「……随分と奮発してるんだね」
「これで王太子が決まるなら、安いもんなんだろう」
そういうものか? と思いながら、私は葡萄のジュースを口にする。うん、ぬるい。しかし、これが、この世界の普通だ。
そろそろ部屋に戻ろうか、と席を立ちあがろうとした時、イスタくんの目の前に青い鳥が現れた。伝達の魔法陣。彼も使いこなせるのか、と思ってびっくりする。見た目、同い年だけど、すでに十七才なのだ。国ですでに学校に通っていたとしても、おかしくはないのか。
イスタくんは驚きながらも、鳥から手紙を受け取り、中に目を通す。その瞳が、徐々に見開かれ、顔が青ざめていく。
「どうかしたのか」
ヘリウスの訝し気な声に、ハッとしたイスタくん。ゴクリと唾をのみこみ、ヘリウスに耳元で何やら話している。
『サンドラ夫人が毒を盛られたそうです』
「!? 無事なのか!」
二人の緊迫したやりとりに、なにやら
「……ウルトガ国王の番だ」
「あらまぁ……」
「まずいな」
「まずい?」
「ああ……獣人はね」
ニコラス兄様が沈痛な顔つきで、言葉を続ける。
「番が亡くなると、悲しみに狂うか、自害すると言われているんだ」
……番システム、怖すぎる。
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300話にコメントいただいた皆様、ありがとうございます。
これからGWが始まり、自宅に籠りっぱなしな方も、ちょっとだけお出かけされる方も、いらっしゃるかと思います。
マスクに、手洗いうがいを徹底して、ご自愛くださいませ。^^
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