第236話

 私が急に部屋から出てきたせいで、外で待っていた家族たちが立ち上がる。


「産まれたのか!?」


 最初に声をかけてきたのはエドワルドお父様。


「産声が聞こえてないでしょう」

「そうよ、落ち着いてよ」


 さすが、女性陣は強い。アリス母様とパメラ姉様から突っ込まれてる。


「母様の言う通りです。まだですよ、それよりも」


 私は一緒についてきた水の精霊王様に目を向ける。


「水の精霊王様、ごめんなさい、話の途中だったのに」

『いいのよ、苦しんでいる彼女に聞かせることはないわ』

「……ええ、むしろ、ヘリオルド兄様たちにも聞いてもらわないと」


 私の声が、いつになく低音なせいで、周囲の視線が集まる。

 水の精霊王様が、私の頭の上に乗って、よしよし、と宥めてるけど、私の怒りは治まらないのだ。

 

『そうね……あの女のことなら、私たちで片付けてあげるわよ、と言いたかったのよ』

「精霊王様……失礼ですが、あの女、とは」


 聞いてきたのは、心配そうなヘリオルド兄様。


「また、しつこい女が来ているそうです」

「しつこい?」

『そうじゃ……お主も覚えているであろう。ジーナを苦しめた者たちのことを』

「……まさか」


 いつも優し気なヘリオルド兄様の顔が、一気に引き締まる。


「……ジーナの実家のボイド子爵家では、新しく養子を迎えたそうで、妹達は他国に嫁いだという話を聞いています……であれば」

「リドリー伯爵令嬢か」


 エドワルドお父様の目がギラリと光る。

 彼女の噂は、私でも耳にした。ある日、突然、真っ黒な炎に包まれて、二度と屋敷から出られない身体になったとか。当時、もう真っ黒確定だったけれど、噂でしかなかったし、明確な証拠があるわけではなかった。ただ、二度と社交界に出てこれないだろう、と言われていたので、リンドベル家からは何もしなかった。


「あの女がどうしたというんです」


 アリス母様も、怖い顔。

 そこで、水の精霊王様が、アルム様の言葉を伝えると、家族全員の背後に一気に怒りの炎が現れたような気がする。


『ジーナは、まだまだ時間がかかると思うの。だからね』

『ああ、我らで』

『消してきてあげるわ』

『怨念が一欠けらも残らないようにな』


 四人の精霊王様が、けっこう本気で怒ってる。


『お前たちはここで、ジーナを見守ってやりなさい』


 最後には優しく諭す水の精霊王様の言葉に、皆、怒りを抑え込み、大人しく頷く。


『ミーシャは、戻ってジーナに癒しと浄化を』

「ええ、わかったわ」


 私たちは、その場で別れると、私はジーナ姉様の元へと戻る。

 姉様は「ひっひっふー」と懸命に呼吸を整えているのだけれど、顔色は青白く、その息も弱々しい。そして部屋の中が重苦しい空気になっている。これが、あの女の怨念の影響なのか。

 それを忌々しく思いながら、ベッドに横たわる姉様の側に立つと、意識して浄化のスキルを使った。それも、自分のできる全力で。


『ヒャァァァォォォォォッ』

「な、何じゃ!?」

「婆ちゃんっ!?」


 聞いたこともないような、か細い引き裂くような叫び声が部屋の中に響くと、産婆のおばあちゃんたちが、慌てだす。


「大丈夫よ。私が念の為、この部屋を浄化したの」

「な、なるほど……お、おや。奥様の顔色が」

「ジーナ姉様」


 ジーナ姉様の方は、まったく気が付かなかったみたい。必死に「ひっひっふー」を繰り返しているのだけれど、先程よりも、しっかりした呼吸になっているようだ。


「奥様、もう少しですよ」

「え、ええ」


 必死に我が子を産もうとしている姉様は、(不敬かもしれないけど)アルム様なんかよりも、よっぽど神々しく見えた。

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