第235話

 出産に立ち会ったのは初めてだった。あちらの世界では、散々テレビでドラマやドキュメンタリーなんかで目にしていたけれど、自分自身に出産経験もないし、自分に何が出来るのか、正直わからなかった。


「ジーナ姉様、ひっひっふー、ひっひっふー、よ!」

「ん、ひ、ひっひ、ふー」


 私の僅かな出産の知識、呼吸方法を伝えながら、ジーナ姉様の手を握る。

 この部屋には、産婆のおばあさんと、その助手のおばさんと娘さん、それに私だけだ。リンドベルの家の人たちは、この部屋の外で待つように追い出されてしまった。あちらの世界であれば、旦那さんに立ち会ってもらうなんていうのは、普通にあったことだけど、確かに、お貴族様たちが立ち会って見るような場面ではないのだろう。


「ひっひ、んーっ! い、痛っ、痛いっ」

「姉様、しっかりっ」


 私が出来るのは、姉様の手を握りしめてこうして声をかけ、少しずつ、癒しの力を流し込むこと。そして、心の底から願うこと。


 ――今度こそ、今度こそ、ヘリオルド兄様とジーナ姉様に、赤ちゃんをお願い!


 ――アルム様、お願い、もう、あんな辛い思いをさせないで!


『もう、わかってるわよぉ』


 ……えっ。


『ちょーっと、ジーナは悪意に弱いみたいねぇ。まぁ、相手の悪意のほうが強いというか、怨霊じみてたレベルになってるからかもしれないけど』


 アルム様の声が頭の中に響いてくる。


 ――どういうことよ?


『もう、美佐江、私に怒らないでよぉ。一応、リンドベルの者たちが、美佐江だけでじゃなく、ジーナのことも守っていたのはわかってるわよね。ほら、前のこともあるから』


 思い出すのは、姉様のことを呪った三人の女のこと。それぞれに、姉様にしていた呪いが彼女たちにはね返ったのか、社交界に出てくることがなくなったと聞いていた。


『そうそう、その呪いをかけてた女の一人がね。来てるのよ。リンドベルに』

「なんですって!」

「ど、どうしましたか、お嬢様」


 怒りのあまり、今の状況も考えず、声を荒げてしまう。


「あ、いえ、ごめんなさい」


 ――その女、どこにいるのよっ。


『怖い、怖い~。『聖女』様がそんな怒っちゃ駄目よ~』


 ――アルム様、冗談言ってる場合じゃないのよ……


『わ、わかってるわよ。来てるといっても、まだ、この領の入口に入ったところよ。それなのに、ここまでジーナに影響与えるなんて、どんだけの怨念よね』


 ――相手の女、生きてるんじゃないの?


『まぁ、生きてはいるわね。生霊っていうの? ほんと、女の執念ってすごいわねぇ……でも、見た目は……見られたもんじゃないけど』


 呪い返しが、彼女にどんな影響を与えたのか、想像したくもない。


 ――じゃぁ、浄化すればいいの?


『そうね。でも、あの女は……』

『美佐江』


 アルム様の言葉の途中で、ミニチュアサイズの水の精霊王様が現れた。


「お、お嬢様、こ、これはっ」

「あ、いや、うん、気にしないで。ジーナ姉様のこと、少し見ててくれる?」

「ミ、ミーシャ……んっ、い、行かないで……」


 朦朧としながらも、私に声をかけてくるジーナ姉様。私は、ギュッと手を握りしめると、ニッコリ笑う。


「大丈夫よ! すぐに戻るわ! (お花摘みに行ってくるだけよ!)」


 バチリとウィンクすると、ジーナ姉様も、痛そうな顔をしながら、笑みを浮かべる。


「わかったわ……早く、戻って来て……」

「ええ! 猛ダッシュで戻るから」


 そう言うと、私は部屋の外に出るために、姉様に背を向けた。

 その時の顔を、姉様に見られなくてよかったと思う。アルム様じゃないけれど、『聖女』らしくなく、般若のような顔をしていただろうから。

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