第153話
小一時間もした頃、部屋のドアを遠慮気味にノックする音がした。その音にも反応せずに、マルゴ様は相変わらず深く眠っている。
カークさんがドアを開けると、ドアの隙間から見覚えのない若い男性が立っているのが見えた。白いローブを羽織っている姿に、教会関係者だとわかる。
「こちらに、ヴィクトル様はいらっしゃいますか?」
「いらっしゃいますが、貴方は」
「エンディメン枢機卿様から、こちらに伺えと言われました、ウリカ司祭と申します」
ペコリと頭を下げる姿を見て、謁見の時に枢機卿と一緒にいた若い人の方だというのに気付いた。
「私は枢機卿に来ていただけないかと思ったのだが」
「はい……ただ、枢機卿様からは、私が適任ではないか、ということでしたので……呪いのことと伺ったのですが?」
ヴィクトル様の困惑した声に、ウリカ司祭は最後には囁くような声で問いかけてきた。地図情報でも赤くはないのは確認がとれたので、私はカークさんに頷いて見せた。
失礼します、と言いながら入ってきたウリカ司祭。中に私がいることに気付いて、少し驚いた顔をした。私がペコリと頭を下げると、ウリカ司祭は深々と頭を下げた。
「聖女様がいらっしゃるとは……呪いのことでしたら、聖女様以上に適任はいらっしゃいません。私に何が出来るというのでしょう?」
「あの……ウリカ司祭様、こちらをご覧になってください」
「……これは」
私が差し出したブレスレットを手にしたウリカ司祭。最初は不思議そうな顔をしたかと思ったら、急に顔を強張らせた。
「ヴィクトル様、これはどちらで?」
「マルゴのものだ」
「そうですか……でも、魔石部分は破壊されているようですね……よかったです」
「あの、このブレスレットの呪いって、どういったものだったか、おわかりですか」
私の問いに、頷いて見せるウリカ司祭。ちょっと厳しい顔つきになる。
「このブレスレット……というよりも、この赤い魔石ですね。こちらの石の下に、模様があるのが見えますか?」
私はブレスレットの赤い石を覗き込む。うっすらと黒く細い線で模様が描かれているのがわかる。いや、模様ではない、これは……魔法陣?
「これは人間関係を壊す類の魔法陣です。特にアクセサリーなどに仕組まれている物は、昔、魔女たちが、恋人や家族を奪うためにと作った物だと言われています。まぁ、これは、恋物語などでよくある話なので、眉唾物ですが。私も呪いの研究のために書物で見ただけで、実物を見たのは初めてです」
しげしげと見ているウリカ司祭。その顔つきは研究者のそれだ。
「このブレスレットには対になる物が存在するはずです」
「対、ですか」
「ええ。このブレスレットをしている者の愛情を向ける相手、マルゴ様であればヴィクトル様でしょうか。その愛情が強ければ強いほど、効果が強くなります。そのヴィクトル様の関心、愛情を、奪おうとする者のほうに向けるように、愛されたいと思っている相手、マルゴ様を呪う相手が対のブレスレットを持っているはずなのです」
……なるほど。思わず、ポンと握りこぶしを掌の上に落とした。
ヴィクトル様の、マルゴ様の境遇さえも考えが及ばないほどへの無関心さ、私が馬鹿にしたくなるほどのそれは、もしかして、この呪いのせいだったのか、と納得した。
マルゴ様が手にして、たった数日で、この呪いの強力さ。それだけマルゴ様がヴィクトル様を愛してらっしゃる証拠でもあるのだろうけれど。
「こちらは壊れてしまいましたが、対のブレスレットのほうは、どうなるのでしょう」
「さぁ。予想でしかありませんが、特別なことは何も起きないかと」
「何も、ですか」
「そうですね。こちらのブレスレットからの影響がなくなれば、受け取る側の方への関心は薄れる、くらいでしょうか」
「そうですか……では、相手側に感知はされないんですね?」
それが一番大事なこと。
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