第261話
海に落ちたと思われる男がどうなったか、というのを考えてはいけない。私は頭を振るって、地図情報の画面に目を向ける。いつの間にか赤い点はほとんど消えていた。海賊もこの船なんか狙わなければ、こんな目に合わないで済んだろうに。
ようやく船の中が落ち着いたのか、部屋のドアをノックする音がした。私は用心深くドアの脇に近寄ると、声をかけた。
「どなた」
『パメラ』
『ニコラス』
二人の声に、私はすぐに結界を解いて、ドアを急いで開ける。そこには、血塗れになっているパメラ姉様と、まったく汚れていないニコラス兄様が、余裕の表情で立っていた。オークの時も思ったけれど、パメラ姉様、本当に戦闘狂なのね。
「お帰りなさい! お疲れ様!」
血の匂いが鼻につくけれど、本人の血ではないはず。抱きつきたいところだけど、これは嫌だ。つい、顔が引きつる。
『美佐江、私もいるのよ』
「ああ、精霊王様もありがとう」
いつの間にか私の傍らに現れていたリアルサイズの水の精霊王様。私の労いの言葉に、嬉しそうに抱きついてくる。豊満な胸がむにゅーっと私の頬にぶつかってくる。
「はぁ、なかなか、いい運動になったわ」
「あーっ! そのまま入らないで!」
私は慌てて『クリーン』の魔法をかける。後で、廊下の方もかけておかないと駄目かもしれない。それとも、船員さんたちがやってくれるのだろうか?
綺麗になったパメラ姉様に、ようやっと抱きつく。
「はぁ……無事でよかった」
「何? 心配してくれたの?」
「当たり前でしょ? 何があるかわからないんだもの」
「そうだよな。精霊王様のサポートがあって助かった部分もあったし」
「何かあったの?」
ソファにそれぞれ座ると、ニコラス兄様が話し出した。
二人が甲板に出た時には、すでに戦闘は始まっていたらしい。この船に雇われていた護衛たちだ。しかし、歴戦の海賊には押され気味で、双子たちが出て行かなかったら、確実に殺されていたかもしれなかったそうだ。
海賊の人数にして、三、四十はいたんじゃないか、とのこと。運がよかったのは、海賊たちのほうに魔法使いがほとんどいなかったこと。後方支援にそれらしいのがいたようだけれど、攻撃にまでは回ってくるようではなかったのだとか。
海賊共は、パメラ姉様を見て、大喜びで襲い掛かってきたそうだ。そりゃ、そうだ。これだけの美女だもの。女日照りが想像できる海賊生活に、こんな美女が現れれば、奴らが集まりだすのは想像に難くない。
――ゴキ〇リホイホイだな。
あまりいい例えではないかもしれないけれど。
でも、私の『身体強化』のおかげで、いつも以上に動きのキレがよかったそうで、どんどんと始末されていったとか。その間、当然、ニコラス兄様も他の護衛達をフォローしながら、魔法で攻撃をしていたらしい。
しかし、パメラ姉様もいい気になっちゃったのか、気が付いたら、相手側の頭とぶつかったらしい。それでも、姉様のことなので大丈夫だと思ったらしいんだけど、ちょっとバランスを崩す瞬間があったらしい。ニコラス兄様の場所からは遠くて、手が出せない、そんな瞬間に、精霊王様が瞬時に海賊の頭を凍らせたらしい。
『パメラのことだから、大丈夫だとは思ったのだけれど。余計なことでなかったならばよいが?』
「いえ、あの時は助かりました」
素直にそう言うパメラ姉様。互いに笑みを浮かべ合う姿は、なかなかに見ごたえのある絵画のようだ。
そして精霊王様が現れた時点で、戦闘は終了。護衛たちを避けて、海賊全員が氷漬けにされたらしい。ニコラス兄様の魔法でも、そんなことは出来ないという。ニコラス兄様、水よりも風と相性がいいしね。下手したら、皆、切り刻まれてたかもしれない。うわー、血だらけの甲板とか、嫌すぎる。
『あまり手を出さないほうがよいかとも思ったのだけど……時間がかかりそうだったのでのぉ……』
「あはは、すみません。さすがに精霊王様の登場に、他の護衛たちもびっくりしていましたね」
皆でそんな話をしているところで、ドアがノックされた。
……今度は、何?
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