第168話

 リリス嬢がいなくなったおかげで、屋敷の皆も、ホッとした空気になって、メイドさんたちも動き出す。


「ギルバートさん」

「はい」

「あの人のこと、調べておいてください。一応、ヘリオルド兄様に報告を」

「……かしこまりました」


 誰に唆されたのか、自分の意思なのか、そこんとこ調べておかないとね。私を見て『聖女』といって接触してこようとしたし。単に、イザーク兄様狙いっていうんだったら、そこは兄様次第ではあるけれど、リリス嬢は、ちょっとねぇ。

 ……ああいうタイプ、兄様の好みだったりするんだろうか。


「イザーク兄様も気を付けてくださいね……兄様、女性には強く出られないようですから、騙されないように」


 ジロリと見上げると、イザーク兄様も困った顔になりながら、自分の頭をガリガリする。


「ミーシャに言われると、言い訳もできないな」

「この前、王都に来た時に、思い知りましたからね。王都の怖さは」

「……そうだな」


 苦々しい顔をした兄様に、私は忘れないうちにと、アイテムボックスの中に入れておいたピンバッチを取り出して見せた。


「これは?」

「魔の森の私の家に入るためのピンバッチです。一応、これをつけていれば、結界のはってある私の家に入れるのです」

「おお、これか」


 キラキラした眼差しで小さなピンバッチをつまんで、明かりにあてながら見つめてる。


「一応、家の管理を任せているゲイリーさんご夫婦と、リンドベルの家族セバスチャンさんが持ってます。失くさないようにしてくださいね」

「ああ、もちろんだよ」


 嬉しそうに私を見下ろすイザーク兄様が、大きな犬に見えたのは、目の錯覚ではないと思う。いつか、一緒に行ける日がくるといいけれど、こんな時間に帰ってくるあたり、近衛の仕事も忙しそうだしねぇ。


「兄様、お食事は?」

「ああ、何も食べずに帰ってきたんだ。屋敷に入ろうとしたところで彼女に捕まって」


 それを一緒に連れてきちゃうのって、どうなのよ、とツッコミたいところだけれど、よく言えば女性に優しい兄様だからこそ、なんだろうけど……なんだろうけど!


「はぁ……じゃあ、早く着替えて、夕飯を召し上がってください。ギルバートさん、大丈夫ですよね?」

「はい。ミーシャ様はどうなさいます?」

「私はあちらで頂いてきました……けど、あー、じゃあ、デザートでもあればご一緒させていただきましょう」


 最初は断ろうと思ったけど、あからさまに悲しそうな顔をする、大人の男二人に、負けた私。

 ……うん、明日はおやつを我慢しよう。

 

「それと、兄様、子供じゃないんですから、見知らぬ人を家に連れてきちゃ駄目ですよ」

「そうだな」


 なんで、そこで嬉しそうな顔をするかな。かわいいじゃないか。


「私、怒ってるんですよ?」

「うん、うん」


 ガシガシ私の頭を撫でるのは、やめてくださいっ!

 もうっ! これでも、中身おばさんなんですからねっ!

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