第325話

 サンドラ様が目覚める前に、私たちはさっさと出国することにした。

 一応、王家専属の医師にも確認して、サンドラ様の現状は問題なしのお墨付きをもらったのだ。今はただひたすら眠っているらしい。かなり消耗してたもの、仕方がないだろう。

 王太子たちは、どうもまだ引き留めたい様子だったけれど、レヴィエスタの国王に頼まれたことはクリアしてると思うので、これ以上のこと(コークシスとかハロイ教のこととか)を頼まれる前に、とんずらするに限る。いつまでもここにいたら、もう少ししたらヘリウスたちが戻ってきそうだし、来たら来たで、イスタくん絡みで、もっと面倒そうな話をしそうなのが目に見えている。王太子の方も、レヴィエスタの国王からも何か言われているのか、強く言えないようなのは、助かった。

 さっさと部屋から出たところで、待ち構えていた双子たちにつかまった。

 

「えー、ミーシャ、いっちゃうのー」

「いっちゃうのー」


 かわいいこの子たちのおねだりに、身を引き裂かれるような思いになる。だって、かわいいんだもの! 上目遣いで見てくる潤んだ目に、あの耳、ピコピコしてるのを見ると、頭をわしゃわしゃしたくなる。ああ、なんで、こんなに可愛いんだろう。

 思わずしゃがんで抱きしめる。フサフサの尻尾が、私に巻き付いてくる。うーん、このモフモフ加減がたまらない。

 しかし! 心を鬼にしなくては。


「うん。ご用事が終わったからね」

「やだー」

「やだやだー」


 笑顔をなんとか貼り付けて立ち上る。しかし、両サイドを双子に抱きつかれて、前に進めなくなる。ズルズルと引きずることもできない。恐るべし獣人パワー、子供でも侮れない。


「ほ、ほら、また遊びに来るし。ね?」

「やだやだー」

「やだー」


 やだー、が可愛い。これで猫だったら、容易く陥落してたかもしれない。ああ、そういえば、あの子たちは元気だろうか。つい、あちらで飼っていた猫たちを思い出してしまった。


「マイラ、イルミ、聖女様を困らせるな」


 私たちの後から現れた王太子の諫める言葉に、双子はしょんぼりしながら手を放した。さすが、王太子の言うことは聞くのか。


「ごめんね」

「ぜったい、ぜったい、あそびにきてね」

「きっとよ」

「う、うん」


 乳母に付き添われて手をふる双子に、私も小さく手を振り返す。偉い人たちにも見送られながら、私たちは王城を後にした。


「ああ、可愛いかったなぁ」

「ミーシャの方が可愛い」

「はいはい」

「本当だぞ?」

「はいはい、ありがとう」


 被せるように言ってきたのは、イザーク兄様。流すように答えた私は、イザーク兄様の背中を軽く叩いた。イザーク兄様はニコニコと上機嫌。お手軽だなぁ。

 宿屋に戻り、それぞれの部屋に置きっぱなしにしていた荷物整理をする私たち。とは言っても、たいした荷物もないんだが。なにせ、私にはアイテムボックスがあるから、見せかけのリュックがあるだけだ。


「さてと、ミーシャ、これからどうするの?」


 荷物をテーブルに載せたパメラ姉様が聞いてきた。

 レヴィエスタへの報告は、ウルトガの王太子にお願いしてあるので、わざわざ戻る必要もこちらから報告する必要もない。

 一応、目的としていたコークシスでのお茶購入は終わったし、一度、リンドベルの屋敷に戻るのもアリかな、とも考える。しかし、今戻ると、今度はレヴィエスタの王都の方から、何か言ってきそうな気もするし、あのハロイ教の動きも気になる。


「決まってないなら、またダンジョン潜る?」


 凄く期待の眼差しを向けてくるパメラ姉様だけど、しばらく、ダンジョンは遠慮したい。

 ふと、ダンジョンで出会ったエルフのことを思い出す。なかなかの美形で神秘的な雰囲気が、昔見た映画に出てきたエルフに重なった。そういえば、この国からもう一方の大陸に行く船があるんじゃなかったか。タイミングが合ったら、その船に乗るのもアリじゃない?


「……そうだ。エルフの国、見に行こうかな」

「は?」

「うん、そうね。せっかくだし、行ってみようかな」

「え、え? なんで? 突然?」


 パメラ姉様が理解不能という顔で慌てているけれど、私の気持ちはもう固まってしまった。


「まずは、船の予定調べるかな~」

「え、本気なの!?」

「本気、本気~」


 リュックを背負った私は、暢気に手をふりながら、部屋のドアを開けたのだった。

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