第96話

 近くにきてみて気付く。なんだろう。薬臭いだけではなく、なんか黴臭い気がする。誰もそれを気にしていないのか、それが普通のことなのだろうか。

 よくよく見てみると、なぜだか、ジーナ様の首にぽわぽわと黒い埃のようなものが、まるで細い首輪のように纏わりついているように見えた。今までこんなの見たことがなかっただけに、首を傾げる。つい、無意識に、ジーナ様の首に手を伸ばしていた。


「ミーシャ?」


 ヘリオルド様が、訝し気に私に声をかけた。そこで、ハッとして、手を引っ込める。


「す、すみません……ちょっと気になって」

「……何がだい?」


 私の目線にするために腰を屈めるヘリオルド様。背後にいたエドワルド様たちも、覗き込んでくる。


「あの、この首のまわりって」

「首?」

「ん? 何かついてるの?」


 私たち以外で一番近くにいたエドワルド様とアリス様が覗き込んできた。


「これ、この黒っぽい埃みたいなやつ、なんですか?」

「ん? そんなのあるか?」

「いえ、見えませんけど」

「……えぇぇ?」


 私、皆が見えないものが、見えてるの?

 もう一度、ジーナ様の首元をジーッと見るけど、やっぱりぽわぽわ浮いてる。それも、ゆっくりと渦を巻くように……ジーナ様の首を締めている!?


「ちょ、ちょっと、これ、マジで何よ!?」


 慌てすぎて、素の自分が出てしまったけど、そんなことは気にしてられない。私はすぐに、ジーナ様の首に手を伸ばし、ぽわぽわの黒い埃を掴もうとした。


「あれっ!?」


 埃は私の指先が触れようとする前に、弾け飛ぶように霧散した。

 その様子に、びっくりして固まる私。


「どうしたの、ミーシャ」


 アリス様も私の反応に驚いたのか、隣にしゃがみこんで私を見つめる。


「いや、あの……ジーナ様の首に黒い埃みたいなのが、首輪みたいに巻き付いてて……それが首を締めているように見えたから手を伸ばしたんです……そしたら、触れる前に消えてしまって」

「なんだって!?」


 驚いた声をあげたのはヘリオルド様。

 見えないものだけに、信用できないのかもしれないけど、私には見えていたのだ。困惑した顔で見られてもなぁ……。

 

「ん、ん……あ、あら?」


 ヘリオルド様の声の大きさに、眠ってたジーナ様が目を覚ました。

 戸惑うような声をあげながら、視線は私の方へと向いて、驚いた顔になる。真っ青な青空のような瞳に、私の方もびっくりする。


「……ミーシャ?」


 少し掠れたような声で問いかけるジーナ様。青ざめた顔の頬に、赤みが戻った。瞳が徐々に潤み、今にも泣きそうな顔。うん、窶れてはいても、彼女も美人だ。


「はい。ミーシャです」

「ああっ! アルム神様! ありがとうございますっ!」


 そう小さく叫ぶと、ジーナ様は私に向かって手を広げた。


「ミーシャ、いっておあげなさい」

「……はい」


 正直、恥ずかしかった。中身おばちゃんで、申し訳ないけど。期待されたら、それに応えてしまう私は、ジーナ様の腕の中へと抱き着いたのだった。

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