第360話

 風の精霊王様の言葉に、少しだけ身震いする。

 魔物には多少免疫は出来たし、ダンジョンの中のグロい奴らも慣れはした。だいたい、その手のモノは広範囲での浄化ですぐに消滅させてたから、接点すらなかった。


「そ、そんなもの、なんで放置してんの」

『……我々だって、近くに行くだけでも気持ち悪く感じるのだ。それに、人が創り出したものを、なぜ、我々がなんとかせねばならんのだ』

「いや、だって」

『それで、この世がどうなろうとも、自業自得というものではないか』


 風の精霊王様の周囲の気温が下がった気がするのは、気のせいではないだろう。

 一応、アルム様の世界なわけで、その世界がどうこうなっちゃうんだったら、アルム様も困るはず? あ、いや、でも、基本、アルム様も放置なんだっけ。がんばれ~、とか、どっかで応援しかしていなさそう。


「まぁまぁ、お、落ち着こうか。」

『……私は落ち着いている』


 コホンッと、咳払いをした精霊王様が、今度は心配そうな顔になる。


『しかし、あの中にアリスたちがおるのだろう? 身体が弱っている者があの中にいたら、瘴気の影響を受けるのは間違いない。早くせねば、アリスも』

「な、何よ」

『魔物に変わってしまうかもしれんぞ?』


 な、なんですって!?

 ここでカークさんをのんびり待っている場合じゃないじゃない!


「そんな! では、急がねばっ」


 イザーク兄様とオズワルドさんが、慌てて王都に向かおうとする。


『おい、カークとやらはいいのか』

「あ、さ、先に王都に向かうと連絡をいれますっ」

『落ち着け』


 今度は精霊王様の方から言われてしまった。

 そして、空を見上げた精霊王様が、何度か軽く頷いている。もしかして、風の精霊達と話をしているのだろうか。


『もうすぐ、あの街道に着くようだな』


 そう呟いて、指をくるりと回した途端。


「え?」

「え?」

「え!?」


 目の前にいきなりカークさんが現れたかと思ったら、するーっと自然に歩き出した。もしかして、歩いてる途中で転移させたのっ!?

 カークさんもびっくりしたみたいで、驚きの声をあげて止まってしまった。


『ほれ、これでいいだろう?』


 自慢げにそう言う精霊王様に、私たちは呆れた目を向ける。カークさんは、私たちの姿を見つけて「えぇぇっ!?」と叫び声を上げる。

 わかる、わかるよ。驚くよね。普通。


「はぁ……カークさん、お久しぶり」

「え、え。ミーシャ様? ですよね? ど、どうして」

「うん……精霊王様がね」

「あ、あー」


 それだけで理解してしまうカークさんは、さすがだ。


「まぁ、いいか。今は急がなきゃだし」

「詳しい話は王都に向かいながらにしよう」


 そう言うと……イザーク兄様に抱き上げられた私。


 ……あ、あれぇ?


「フフフ、ミーシャのスピードじゃ、王都に着くのに時間がかかる」

「あう、まぁ、確かに」

「大人しく掴まってなさい」


 理解はできるので、大人しく抱えられることにした。

 悔しいかな、三人の足の長さは、すばらしく長い。私の足だったら、小走りしたって、一時間では着かないだろう。そもそも、一時間走り続ける体力の自信はない。


 結局、三十分もせずに王都の入口に立っていた。


 ――君たち、化け物だよね。


 思わず、白い目になったのは言うまでもない。

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