閑話

哀れなる偽『聖女』

 国王が倒れて一週間。医師たちが原因を探すが、見つからない。

 危篤状態が続き、崩御を待つだけという時、王太子主導で宰相他、主だった者たちを集め、国王の寝室へと集められていた。

 その中には王太子の婚約者でもあるアイリス・ドッズ侯爵令嬢も含まれていた。


 ――いよいよ、この国の王妃となれる。


 沈痛な面持ちで王太子の隣に立つ彼女。しかし、内心ではワクワクしていた。

 

             *  *  *  *  *


 帝国では平民から侯爵家に養女になったことで、影で悪口を言われ。

 レヴィエスタに『聖女』として行ったのに、偽物扱いされ。第二王子をモノにすることもできず。

 再び帝国に戻っても、義父の侯爵からは使えない娘として、彼女の扱いは雑になった。

 そんな中、ハロイ教の教祖に救われ、オムダル王国へやってきて、まさかの王太子と出会うことになるとは、思ってもいなかった。

 そして、コロッと恋に落ちる。あまりにも簡単すぎるといえば、簡単すぎるほどに。

 それと同時に、王太子妃という地位にも、大いなる欲望を持ち始める。


「パトリシア・ロンダリウス侯爵令嬢がいるかぎり、王太子殿下の婚約者にはなれないんですよ」


「聖女である貴方様の方が、王太子妃に相応しい」


「王太子殿下も貴女にご興味がおありのようです」


 ハロイ教の周りの者たちの言葉に、その気になるアイリス。そのためにも邪魔となるのは、婚約者のロンダリウス侯爵令嬢。

 そんな彼女をお茶会に招くようにそそのかしたのは、教祖だった。


「このお茶と菓子を食べてもらいなさい。ただし、お茶は貴女様がおいれください」


 いつもならメイドにやらせるのに、と疑問に思いつつも、自分を救い出し、王太子と出会わせてくれた教祖の言葉に素直に頷く。



 人柄のよいロンダリウス侯爵令嬢のおかげで、二人きりのお茶会自体は成功したといえただろう。当然、ハロイ教の思惑通りに、彼女は呪いを受けることとなる。


 ――ハロイ教が選んだ『聖女』からの呪いを。


 後日、ロンダリウス侯爵令嬢が病気になり、婚約を辞退した。

 そして、教祖の言葉通り、アイリスが婚約者となった。



 最初の頃こそ、王太子自身があまり乗り気ではなかった。

 学校では他国の高位貴族であり、『聖女』とも言われる女子生徒だったので、王太子も気を使っていた。窘めるにしても、オブラートに包み過ぎて、アイリスには理解できなかっただろう。

 王太子の本音を言うならば、ロンダリウス侯爵令嬢の方が、ずっと大事に思っていた。アイリスへの態度からは、周囲にはそうは見られていなかったのが残念過ぎるほどに。


 しかし、結局彼女の病気による辞退と同時に、貴族たちの中にも熱心なハロイ教の信者が増え、ハロイ教が王都でも力を持ち始めていたこともあり、承諾することになる。


             *  *  *  *  *

 

「……王太子殿下」

「シッ、静かに」


 室内の重苦しい空気に、つい、隣に立つ王太子に声をかけてしまうアイリス。

 しかし、王太子は表情を変えることなく、目の前に横たわる父親である国王を見守る。


 その時、部屋の中が真っ白な光で充満したと同時に。


『GYAAAAAAAAA!』


 甲高い大きな叫び声が響き渡る。

 驚いたアイリスは王太子の腕に縋りつくが、王太子の方は眩しさに顔をしかめるだけ。しばらくして光が落ち着くかに見えた時。


「きゃぁぁぁぁぁ……あああああっ」


 アイリスが甲高い叫び声をあげた。

 足元から指先から、じわじわとした痛みを感じだしたアイリスが、徐々に肌が枯れ木のように変わり始めていく恐怖に、叫び声を上げたのだ。


「な、なんだこれはっ!」

「殿下っ、離れてくださいっ!」


 王太子は恐ろし気に、彼女の腕を振り払う。

 彼女の変わっていく姿に、周囲の者は慄きながら離れていく。護衛の騎士などは剣すら抜いている。


「あああ……た、助け……て……」


 アイリスは助けを求めるが、誰も手を伸ばそうとはしない。


 パトリシア・ロンダリウス侯爵令嬢の呪いが解かれたのだ。

 それも、本物の聖女、ミーシャによる解呪である。

 ダラダラと呪われ続けていたのを、一気に解呪したのだ。倍返しどころではない。


 彼女はただ涙を零しながら、なぜ自分がこんな目にあったのか理解しないまま、その場に倒れると同時に、枯れ木と変わった身体が崩れ落ちていった。

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