第54話

 翌朝早朝、私たちは馬に乗って、早々に街を離れることにした。

 本当なら、この街で色々買い物をしておきたいところだけれど、私のアイテムボックスの中身(お城からパクってきたこと)の話をしたら、オオウケされてしまい、であればすぐにでも街を出てしまおう、という話になった。

 進路としては、このまま北上して国境を越えるのが一番だということになった。やっぱり魔の森を抜けるというのは選択肢としてあり得ないから、と。なんでも、森の入り口辺りでも、冒険者のDランク(一応、私は初心者のGランク)がソロでも行けるけど、それより奥はパーティーを組んでいかないとヤバイレベルらしい。マジで行かなくて正解。

 ただ、乗合馬車では時間がかかりすぎるから、イザーク様たちの馬に乗せてもらうことになる。一人じゃ無理だし。

 昨日までは乗合馬車に合わせてスローペースだったから、なんとか乗っていられたけれど、これから先、ペースを上げてとなると、すんごい不安しかない。


 私たちは朝食も取らずに、チェックアウトした。

 その時も微かに悪意感知が反応する。地図情報を開くまでもなく、視線を感じて目を向けると、受付の奥の方からメイドの一人がすんごい目で睨んでるのに気付いた。これ、単純に私に対しての嫉妬ってことかな。イザーク様のお仕事関連で何かあるわけではなかったようなので、少しだけホッとした。

 彼女の視線は当然無視して、私はイザーク様たちの後を追いかけた。

 ドアの外にはすでに馬たちが用意されている。オズワルドさんたちは颯爽と乗るけど、私は誰の馬に乗せてもらえばいいんだろう、と迷っていると。


「ミーシャ、おいで」


 満面の笑みで手を差し出したのは、イザーク様。

 はい、はい。そうですね。

 私は苦笑いで手を伸ばすと、軽々と自分の前へと座らせる。いつものジーンズにグレーのフード付きマントの私は、他の人から見たら、完全にお子様従者だろうな。


「ミーシャ、しっかりつかまってろ」


 後ろから抱えてくれているイザーク様の言葉に、素直に頷く。 

 ゆっくりと街の門を抜けたと思ったら、街道に出た途端、まさに疾風のごとく駆けだした。向かってくる風に短い髪が靡く。

 昨日とは打って変わって、青い空が広がり、周囲の景色もどんどんと変わっていく。

 その様子に、若い頃、夫がレンタカーを借りて初めてドライブに行った時のことを思い出してしまった。その時も、窓を開けて入ってくる風に、髪が靡いて気持ちよかった、と思ったこと、そして、つられるように、夫のことも頭に浮かび、自然と目に涙が浮かんできた。

 そういえば、今までは自分のことで精一杯すぎたせいか、まともに夫のことを思い出したのは久しぶりかもしれない。

 疾走する馬上で右手をはずし、グイッと涙を拭う。


「どうした?」


 心配そうなイザーク様の声が、耳をかすめる。


「ん、大丈夫。ちょっと目が乾燥したみたい」

「そうか」


 そう答えると、イザーク様はギュッと抱きかかえた。


「目を瞑っててもいいぞ」

「うん」


 私は、少しの間、過去に浸るために目を閉じることにした。

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