第357話
私も慌てていたのだと思う。
いきなり、エドワルドお父様たちのいるオムダル王国の王都へと転移しようとしたのだけれど。
「あ、駄目だっ。忘れてたっ」
見事に、転移は出来なかったのである。
それはそうだ。自分が一度行ったことがある場所で、転移のためにマーカーしているところでないと、自力での転移が出来なかったのだ。
「もう、使えないっ!」
そう叫んだことで、逆に少し冷静になれた。
落ち着いて考えれば、自力でなくても、精霊王様にお願いすれば行けるには行けるのだ。
エドワルドお父様が、わざわざ伝達の魔法陣で連絡をしてくるのだ。ただの病気とかのわけがない。もしかしたら、ヘリオルド兄様なら、もっと詳しい情報があるかもしれない。
私は家のことを片づけると、そのまま旅に出られるように色んな荷物をそろえて、リンドベルの屋敷へ転移することにした。
屋敷の私の部屋に転移すると、屋敷の中のかなり慌ただしい雰囲気が伝わってくる。
私は廊下を小走りに、ヘリオルド兄様がいるだろう執務室へと向かう。
「ミーシャ様っ!?」
通りすがりに、使用人たちが声をかけてくるけど、振り返る余裕がなくなっている。
兄様の執務室の前に、護衛の人が立っていたけれど、私の姿を見て驚くこともなく、すぐさまドアを開けてくれた。
部屋の中には、イザーク兄様の他に、オズワルドさんと、知らない中年男性が立っている。私が入ってきたとたん、イザーク兄様は嬉しそうな顔になる。いや、そんな場合ではないでしょ、兄様。オズワルドさんも、呆れてるぞ。
一方のヘリオルド兄様は、眉間に皺を寄せながら渋い顔をしている。
「兄様っ!」
私の声に、執務机の向かい側に座っていた兄様が、少し驚いた顔でこちらに目を向けたが、すぐさま真剣な顔になる。
「ミーシャの所にも?」
その言葉に、私は右手でメモをひらひらと振って見せる。
「あまりにも内容が短すぎたんで、兄様のところに確認しに来ました」
「ああ……しかし、私も似たようなものだ。父上も、珍しく動転しているのだろう」
そう言って、私に見せてくれたメモは、まったく同じ内容だった。
「へリオルド様、こちらのお嬢さんは?」
困惑気味に聞いてくる中年男性。
「レート、彼女は私の妹だ」
「え? いや、しかし」
まぁ、見た目、全然似てませんし。その反応は仕方がないのだが。今はそれどころではないのだ。
「なぜ、事務担当のレートがここにいる。ギルドマスターであるフォートンはどうしたんだ」
「え、えーと、それがですね~」
聞くところによると、このレートと呼ばれた中年男性は、リンドベル領にある冒険者ギルドの事務担当のまとめ役なのだとか。ヘリオルド兄様は、エドワルドお父様からのメモが届いてすぐに、冒険者ギルドのギルドマスターを呼び出したのに、来たのは、この事務担当。そりゃぁ、ヘリオルド兄様も、不機嫌になるわけだ。
一方のレートさんも、顔を青ざめながら答えていく。
「ちょ、ちょっと、ダンジョンに……」
「……ダンジョンだと!?」
なんでも、オムダル王国に一年程前に現れた新たなダンジョンに、元冒険者だというギルドマスターが挑戦しに行ってしまったのだという。
ギルマスが冒険しに行っちゃ、駄目なんじゃないの?
「冒険者ギルドは暇なのかっ」
「あ、いえ、そんなことはなくですね」
「サブマスターはどうした!」
リンドベル家の中では冷静なヘリオルド兄様が、珍しく言葉を荒げている。
「はひっ、え、サ、サブマスターは、そのっ、王都の本部の方に」
「なぜ本部に」
「あ、ね、年次の定例会議に、マスターの代理で行かれましたっ」
ギルマス、定例会議、さぼったんだな。
思わず、私は遠い目になった。
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