第358話
ヘリオルド兄様の顔が、怒りで真っ赤になって、身体が震えている。ああ、青筋立ててるよ。若かろうとも、あんまり怒りすぎるのは身体に悪いのに。
「兄様、落ち着いて。そんなことよりも、お父様たちの依頼内容とか、目的地みたいなのを知りたいんだけど」
「あ、ああ、そうだな。レート、わかるか」
「え、エドワルド様たちでしたら、オムダル王国の貴族の方からの、指名依頼ということしか存じません」
「なんだと」
「具体的な内容は、あなたではわからないの?」
そう問いかけると、レートさんも困ったような顔になる。一応、事務方の上の人っぽいんだから、それくらいの権限はありそうだと思ったんだけど。
「いやぁ……一般に掲示されるような依頼でしたら、私たちでもわかりますが、上級ランクの指名依頼になると、サブマスター以上でないと……」
なんてこったい。
私は大きなため息をつくと、ヘリオルド兄様とイザーク兄様に、その後の連絡の有無を確認した。しかし、どちらも、あれ以降の連絡がないらしい。
「何か、ございましたでしょうか」
不安そうなレートさんの問いに、ヘリオルド兄様はこめかみを揉みながら、答えずに出ていくようにと手を振った。あまりにも不機嫌な様子に、さすがのレートさんも、すごすごと出ていく。
ドアが静かに閉まった後。
「お兄様、お父様たちはオムダル王国の王都にいるみたいよ」
「そうなのか!? そもそも、父上が慌てるような母上の容体なんて、尋常ではないと思うんだが」
ヘリオルド兄様は立ち上がると、苛立ちを隠そうともせずに、部屋の中をウロウロし始める。確かに、アリス母様が風邪くらいで倒れるイメージはまったくない。むしろ病気の方が逃げ出しそう。
「パメラ姉様たちは、戻っていないのでしょう?」
「ああ。最難関のダンジョンの攻略に手こずっているらしい。近いうちに諦めて帰ってくると思うが」
そう答えたのはイザーク兄様。
双子はまだ、コークシス王国のダンジョンに潜っているらしい。そんなに楽しいのか。
それを聞いたら、身内でまともに動けるのは、私とイザーク兄様しかいないのは自明の理。
「私が様子を見に行くしかないか」
「ミーシャ……」
ヘリオルド兄様が申し訳なさそうな顔になる。うん、まぁ、仕方ないやね。
「ただ、私の力ではオムダル王国の王都に直接は転移できないの……風の精霊王様、いらっしゃる?」
『ああ、オムダル王国だな、すぐにでも行けるぞ』
いつも颯爽と現れるミニチュアサイズの精霊王様。私の肩にのって腕を組んでる姿は、可愛らしい。
「ミーシャ様」
ずっと無言だったオズワルドさんが、急に声をあげた。
「オムダル王国は、今や新興宗教のハロイ教の総本山がございます……例え、精霊王様がご一緒とはいえ、お一人で乗り込むのは」
「大丈夫よ。どうせ、イザーク兄様、来てくれるんでしょ?」
というか、有無を言わせず、同行させる気、満々だけどね。
――そうか、ハロイ教か。
それを聞いたら、余計に面倒ごとに巻き込まれそうだなぁ、と思ってしまう。
「イザーク兄様、すぐに出られる?」
「少し待ってくれ。部屋から荷物、取ってくる」
「早くしてね」
私から声をかけたのが嬉しかったのか、イザーク兄様が目をキラキラさせながら、執務室から飛び出していく。
「……ミーシャ、すまん」
ヘリオルド兄様の疲れた声。
私は励ますように、彼の背中を軽くたたいた。
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