第320話

 王太子の本当の望みは、たぶん、国王の命なのだろう。しかし、サンドラ様が亡くなれば、国王の命も危うい。


「精霊王様」


 私の声にすぐに現れたのは、リアルサイズの火の精霊王様。たぶん、呼ばれるまで我慢してたのかもしれない。怒りで顔が怖いことになっている。サンドラ様が人族とはいえ、自分の配下が眷属とした王族の番がこんな状況になっているのは、精霊王様の逆鱗に触れているらしい。

 姿を現わしてすぐに、一気に部屋の気温が上がった。周囲にいた者たちは、その威圧感のせいで、声もでない。私も、ちょっとだけビビってしまう。あ、奥にいた若い従者が倒れた。


『美佐江、あれは厄介だ』


 火の精霊王様の声が固い。その様子からも、かなりなものなのが予想される。


「……私もそうじゃないかと思いました」


 だって、鑑定をしてみると、表面部分、『黒き蔦の呪い』という名前と、それに関する情報しか出てこないのだ。まったく、随分と分厚い呪いだ。それも質が悪いのが、呪われた被害者の身体を苗床にして、増強していくモノだという。最低だ。

 もう少し情報が欲しくて、私はすぐさま、ナビゲーションを開く。

 一年間、なんだかんだこの世界で過ごしていくうちに、情報がどんどん蓄積されていったようで、この手の呪い情報も調べれば出てくる便利さ。普段は、ダメダメアルム様だけど、こういうのだけは、ちゃんとしてるのは、評価してあげてもいいかもしれない。


 そもそもこの『黒き蔦』、木を由来とする魔物の種子が元らしく、パッと見ただけでは、食用の種と間違ってもおかしくないらしい。加工したり調理したりして、呪う相手に食べさせれば発芽するとか、どんなオカルトだ。


『体内にある呪いの元になるものを排除するしかあるまい。そのためにも、美佐江が触れやすいように、まずは蔦を消し去らねばなるまいな』


 私にはまったくサンドラ様の姿が見えないから、肝心の元の場所も探しようがない。


「国王陛下の手にまで絡みついてるけど」

『そのままで構わぬ。この者に絡みついているのも同時に消してやろう……燃えよ』


 火の精霊王様の言葉と同時に、青い炎が黒い繭のような状態のモノを包むように勢いよく燃えあがった。国王の手に絡みついた黒い蔦も、音もなく崩れ落ちる。


「……サンドラっ!?」


 手を握って座っていた国王が、突然の炎に、慌てて立ち上った。


「やめろ、やめてくれっ!」

「父上!」


 懸命に炎を消そうとしている国王を王太子が止めに入るが、国王の必死さが上回って、止めるに止められない。


「サンドラが、サンドラがっ!」

『落ち着け、愚か者がっ』


 ゴツンッと国王の頭を殴ったのは、いつの間にか現れていた風の精霊王様。そして、水と土の精霊王様たちまで、現れている。


『まったく、獣人は番のこととなると、見境がなくなるから、困ったものね』

『少し、眠らせておきましょうか』


 頭を抱えて蹲っている国王のそばに、美女二人が立つと同時に、国王はそのまま、ドスンッと床に倒れてしまった。


『助かった』

『何、美佐江の邪魔になるからな』

『さっさと、この気色悪いモノを消し去ってしまいなさいな』

『おうよ』


 この流れ、ものの数分だろうか。

 獣人たちだけでなく、イザーク兄様たちもポカンとしたまま、動けなかった。

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