第319話

 思わず悲鳴をあげそうになるのを、なんとか抑え込む。黒い蔦の細い先は、国王の手首にまで絡みついていて、このままでは国王自体にも呪いが浸食していくのではないか、と思えるほど。


「酷い……」


 苦々しい気持ちとともに漏れる心の声。どうやったら、こんな酷い呪いをかけることができるのか。激しい憤りとともに、悲しくなる。

 私は目を閉じ、深呼吸をする。そして、ようやく姿が見えるようになった王太子に対して、声をかけた。


「私を呼ぶということは、このモノを見ることができた方がいらっしゃるんですよね」

「……モノ?」


 王太子が訝し気に問いかける。


「はい……今、私の目にはベッドに横たわっているモノが、人の姿としては見えないんです」


 私の言葉に、周囲の空気が凍る。


「私には……黒々とした呪いの蔦に絡まれた繭のようなモノが見えます」

「なんだって」

「このようになる前に、何方か解呪を試みるとかされたのでしょうか」

「……いや、我々には、サンドラ様の右腕が、まるで干からびた枯れ枝のようになって見えるだけなのだが」


 よくよく聞いてみると、サンドラ様というのは、トーレス王国という人族の治める国の出身で、元々はトーレスから来ていた外交官についてきていた侍女だったとか。てっきり、番って獣人なのだとばっかり思っていた。獣人でなくても番になるのか。その上、玉の輿、シンデレラストーリーってヤツに、二度ビックリ。


 サンドラ様が倒れられたのが、第三夫人とのお茶会の時だったのだとか。お互いに人族出身ということもあってか、けして、二人が仲が悪かったわけではないそうだ。今回のお茶会自体も、恒例のようなものであったとか。

 しかし、本人達以外では、どんな思惑があるかはわからない。

 もしや毒を盛られたのかと、医師たちを至急集めたらしい。そして、様々な解毒剤を作る素材を集めるように指示した、というのが、あのヘリウスたちへの手紙のことだと思われる。結局、まだヘリウスたちが戻って来ていないようで、全てが集まってはいないようだ。

 それが、意識は戻らず、徐々に右腕に症状が出てきたらしい。医師たちの知っている既存の毒の症状で、そんなものがなかったそうで、もしや、毒ではないのではないか、ということになったそうだ。


「万が一にも、と精霊の教会の者に見せたのだが……彼らには、それが何なのかまではわからなかった」

「アルム神様の教会の司祭様は?」

「……お恥ずかしい話ですが、ジュードは、雇われ司祭なので、人族の司教のような力はございません……」


 おう……。

 ハロルドさんの言葉に、思わず頭を抱えたくなる。

 その上、精霊の教会の神官さんたちって、本当に宗教家ってヤツなのか、治癒の魔法とかはまったくないとか。確かに、獣人にはあまり魔力が多くはないという話だったし、理解はできるのだが。


「そもそも、こちらの国では呪詛の解呪などは、なさらないのですか」

「獣人は、相手を呪うことより、己の力で倒すのが常識でな」


 ……さすが、脳筋種族。

 そっちの方が、ある意味、実力主義なのかもしれないけど、私はここでは生きていけそうもない。


「それで思い出したのだ。アレンノード……レヴィエスタの国王から、聖女の存在について聞いていたことを。その方、アレンノードの呪いを解いてやったそうではないか」


 あまり国の内情のようなものを話すのはいかがなものか、と思うのだが、よっぽど仲がいいのだろうか。


「頼む、サンドラ様を助けてはもらえぬか」


 王太子は悲痛な声でそう言いながらも、視線の先は、サンドラ様の手を握りしめている国王へと向けられていた。

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