第331話

 あちらでも見たことがない、気になった魔物の情報だけを紙に書きとっていく。

 討伐証明になる部位や、食肉可能部位とか。調薬に使う部位なんかも明記されていて、凄く助かる。これを書いた人、マジで神だわ。

 そして、魔物情報が貼りだされた壁の向かい側に、この町周辺の地図があった。

 そう、町周辺。なぜ、大陸の地図がないっ!


「ねぇ、この大陸の地図ってないの?」


 まだ売店にいた、先ほどの若者に声をかける。


「基本、この町周辺でしかクエストは発生しないから、そんなもんは見たことねぇな」

「マジか……使えない」

「あ? なんか言ったか」

「いいえ~」


 とりあえず、町周辺の地図をにらみつける。

 一応、王都に向かう大きめな街道と、二つほど別の町に向かう細い道が描かれている。町の大きさは、こことさほど変わらないのか。


「イザーク兄様、どう思います?」

「うーん、精霊の件もあるから、王都の方に行くのは危険じゃないか?」

「そうよね……面倒ごとに自分から巻き込まれる必要はないものね」

「フフフ、まぁ、何があっても、私が守るけどね」

「……はいはい」


 私が軽く受け流しても、イザーク兄様は嬉しそうに笑みを浮かべている。


「お兄さん、大陸の地図が入用なら、商業ギルドに行くといいよ」


 そう声をかけてきたのは、売店にいたおばちゃんだった。


「あそこは、一応、あちこちから商人がやってきて顔を出してるからね。地図くらい置いてあるんじゃないかい」

「なるほど……ご婦人、ありがとう」


 二コリと笑って声をかけるイザーク兄様。ああ、キラキラと輝いてて、冒険者の若者たちも固まってるよ。まったく、あちこちで、兄様ファンを作るつもりかい。

 売店のおばちゃんですら、頬を染めてポーッとしちゃってるじゃないか。


「はぁ……兄様、行きますよ」


 私たちはそのまま階下へと下りて行く。

 受付には、まだ、あのおじいさんが座ってる。若者は知らなかったけれど、このおじいさんだったら、あの線画のことを知っているかもしれない。

 冒険者たちが続々と戻ってきているせいか、なかなか盛況な模様。それなのに、相変わらず、誰も並んでいないのは、あのおじいさんの窓口。

 当然、私はもう一度、おじいさんのところに行ってみる。


「さっきは教えてくれてありがとう」


 私の声に、チロッと目線をくれると、鼻を鳴らしてカウンターの方へと目を落とした。


「あの絵って誰が描いたの?」


 私の質問に、なぜかフロアが無音になった。

 キョロキョロと周囲を見ると、なぜか、皆、目を逸らす。


「?……私、変なこと聞いた?」

「……わしだよ」


 眉間に深い皺を刻んで、私をにらみつけるおじいさん。そんな顔したって、おばちゃんには効かないよ? そもそも、なんで、そんな顔するんだろう?


「え? おじいさんが描いたの? 凄いね!」


 あの若者たちは、おじいさんが描いたとまでは知らなかったのか。


「ねぇ、ねぇ。あれって、ここのギルドにしかないって聞いたけど、複製したりしないの?」

「……」

「あんな詳細な絵があったら、皆、凄く助かるのに」


 むしろ、私が個人的に欲しいくらいなんだけど。

 この世界、印刷技術って、そこまで進んでないんだっけ? 冊子にして持ち歩きたいレベルだけど、ちょっと難しそう。


「用がなけりゃ、あっちへ行きな」

「おじいさんは、もう描かないの?」


 再び、空気が固まる。

 ねぇ、何だっていうのよ。二度目ともなると、私の方も、顔を顰めたくなる。


「お嬢ちゃん、ネイサンじいさんを困らせるなよ」


 なぜか、隣のカウンターに並んでいた、筋肉ムキムキなおっさん(たぶん、私よりも若い)が声をかけてきた。彼なりに気を使って声をかけているのかもしれないが、顔、恐いからね?


「何で?」

「何でって、そりゃぁ……」

「わしゃ、もう絵が描けんのじゃよ」


 そう言って、おじいさんは、右手を上げた。見た感じ、どこにも欠損もないけど。


「若い頃に、魔物の討伐で右腕の腱をやられてな。あんな詳細な絵が描けなくなったんだよ」


 ……なるほど。

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