第290話

 獣人二人を放置して、私たちは四十一階の階段がある場所へと向かう。右手に大きな血のような色の池を見ながら、私は進行方向をどんどん浄化していく。いやぁ、見事に色が変わっていくのだ。あれは、全て魔素によって黒くなってたってことなんだろうか。それに変な形に歪んでいたものも、真っ直ぐになったり、とげとげしい風貌も変わっていく。


「これって、このままの状態になるのかしら」


 私の疑問に答えたのは、パメラ姉様。


「これがダンジョンの外だったらそうかもしれないけどね。たぶん、しばらくしたら、元に戻るんじゃないかしら」

「……なるほどね」


 火の精霊王様の肩越しに、後方を見てみる。まだ、明るい色合いの木々の様子しか見えないけれど、しばらくしたら、戻ってしまうと思うと、少しだけ残念。


「……頑張ってついてきてるね」


 先頭を走るのは、私と火の精霊王様。その後を双子がついてきていたけれど、獣人たちも頑張ってきているようだ。イスタくんが、少ししんどそうだけど、私はあえて声をかけない。

 王族としての顔を出した時点で、ちょっと、もういいかな、って思っちゃったのだ。まぁ、トーラス帝国の連中よりは、まだマシなのかもしれないけど。ここで、その手の権力争いとかに巻き込まれるのは、ごめん被りたい。そういう意味では、脳筋のヘリウスの方が、マシなのかもしれないけど。あれは、完全に精霊王様の虜だわ。もう、目付きが、ワクワクしてる。


『そろそろ階段のあるところではないか?』


 火の精霊王様の声に、前を向く。地図情報でも、確かに階段のあたりだけれど、そこに、何やら黒い点の集団がある。


「あれ、他にも冒険者がいたのかしら」

『ふむ……獣人と人族の混合だろうか……おや、珍しいな』

「何が?」


 双子には見えない地図情報も、精霊王様とは共有できる不思議。そして、精霊王様が珍しいと感じたのは。


『エルフがおるぞ』


 エルフ!?

 この世界に来て、初めてエルフと遭遇するのか!

 一応、レヴィエスタ王国にも先祖にエルフがいたという家があるのは聞いている。例えば、第一王子のレイノール様の奥方であるメリンダ様はエルフの血を引いているらしい。彼女の場合はかなり古い血筋で、もうほとんど人族と変わりがないのだとか。あとは、近衛騎士団長のエッケルス伯爵の奥方もだ。こちらは逆に、まだ最近のことらしく、耳がちょっと尖ってるらしい。共通点は二人とも、かなりの美女だということ。


「初めて見るわ……やっぱり、美しいのかしら」

『そうだな。アルム神様ほどではないがな』


 ……あれは、どっちかというとアポロンとかのギリシャ神話系なイメージで、私の中ではエルフはどっちかといえば北欧神話系なんだけど……美しさの基準が違う気がする。

 双子に前方にいる存在の話をして、再びニコラス兄様に抱えてもらう。精霊王様は、再び小さな光の玉に変わって、私の首筋で待機だ。


「ど、どうしたのですか」


 息があがっているイスタくんが、ヘリウスに問いかけていたので、双子が説明すると、何かに気付いたように、少し顔をしかめた。不思議に思ってヘリウスに目を向けると、ヘリウスの方も苛立たしそうな顔に変わってる。さっきまでの精霊王様に向けてた、呆けた顔はどこにいったやら。


「嫌な臭いがする」


 そうボソリと呟いて、前方の方へと鋭い眼差しを向ける。

 私たちの進行方向は浄化しているけれど、周囲の腐敗臭はどうしたって漂ってはくる。浄化であって消臭じゃないから。しかし、彼の言う『嫌な臭い』は、そういう意味ではないだろう。

 そうは言っても、私たちは前に進むしかない。

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