第240話

 私は風の精霊王様の言葉について、考える。

 私自身が危険というよりも、むしろ、リンドベル家やこの領をターゲットに狙われる可能性。産まれたばかりの赤ん坊のいる、これからの幸せが、もっともっと幸せになってもらいたい、そんな彼らが、攻撃されるかもしれない。

 これからのことを、ちょっと真面目に考えないといけないな、と思った。


「……少しばかり、旅にでも出てみますか」

「ミーシャ!?」

「なんだって!?」


 食卓を囲んでいた面々が、私の言葉に叫びだす。


「ん~、王都には行きませんよ。イザーク兄様と教皇様には悪いけど。精霊王様じゃないけど、怪しすぎて近寄りたくないもの」


 皿にのったスクランブルエッグをスプーンですくって、口に放り込み、咀嚼しながら考える。


「ん、まぁ、この世界に来て、そろそろ一年過ぎたし、それなりに薬師としての生活手段も手に入れたことだし……あちこち見に行ってもいいかなぁって」

「あちこち?」


 不思議そうに問いかけるアリス母様。


「そう、あちこち。だって、この世界で、のんびり旅行したことないでしょ? だいたい、どっかからの逃亡だったりとか、偉い人に呼ばれて、とか。結局、観光らしい観光なんて、出来なかったよなぁ、と思うのよ」

「ミーシャ……」


 パメラ姉様が、悲しそうな顔になる。

 そういえば、王都の学園に行った時に、街の中を見て歩いたかも。でも、それも観光とはいえないような。だからと言って、今は行きたいとは思わないが。


「だから、いい機会なのかも。そうだ。エドワルドお父様たち、冒険者なんだったら、いろんなところを巡ったんでしょう? おススメの観光地とかない? レヴィエスタに限らず、他の国とか」

「……ミーシャ」

「なぁに? エドワルドお父様」


 いつも明るいエドワルドお父様にすら、そんな辛そうな顔をさせるとは。

 許すまじ、ハロイ教!(事実確認したら、覚えてろ)


「……いや……そうだな、少し遠いが、トーラス帝国を挟んで南のほうに、コークシスという国がある。そこはお茶の名産地でな」

「なんか聞いたことある気がする」


 コークシスはお茶の他にも、ダンジョンでも有名で、冒険者が多くいる国だそうだ。また、海に面していることもあり、立派な港もあるそうで。


「海を挟んだ大陸の国々との交易も盛んだそうだ」

「そうそう、あちらにはエルフの国があるんだ。滅多に、こちらに来ることはないが、好奇心旺盛な冒険者をやってるようなヤツが稀にいてな。そういえば、こちらには滅多に来ないが、ドワーフや獣人の冒険者なんかも、あちらではよく見かけるんだ」


 それからは、そのコークシスという国とその周辺国の話で盛り上がった私たち。

 その間、イザーク兄様は戻って来なかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る