娘たちは自らの愚かさに気付かない(2)

 昔、流れの呪術師からボイド家の専任の魔術師……今ではその末裔も、執事の一人となった老爺だけ……が、興味本位で聞き知った魔法陣であった。リリーをお気に入りとしている彼が、自慢げに話していたことを、リリーは覚えていた。


 そして三人の娘が集うことになる。

 それぞれが、次の妻となるのは自分であるという夢を思い描いて。


「誰が選ばれても、恨みっこなしよ」

「当然ですわ」

「……はい」


 一番小さい紙はリリーが。

 二番目に大きい紙はライラが。

 三番目……一番大きな紙はラヴィニアが、呪いの魔法陣を描いた。

 実際、紙の大きさなど、関係はない。これは呪う本人が書かなければ意味がない。そして、その思いを込めて描くことで、呪いの威力が変わってくる。


 お見舞いと称して、三人はジーナの元へとやってきた。

 久しぶりに妹たちが来てくれたことを素直に喜ぶジーナに、三人は笑顔を貼り付けながら、内心醜い思いを燻らせていた。

 ラヴィニアとは初対面だったジーナであったが、ライラのお友達、という言葉を疑いもせずに、笑顔で迎え入れた。しかし、ラヴィニアには、その姿に憎悪しかわかなかった。

 すでに、自力で歩き回るほどに回復していたジーナが、少し席を外している間に、ライラとラヴィニアは魔法陣を描いた紙を、額と鏡の裏側に隠した。リリーは戻って来たジーナへ、プレゼントだと言って、ペンダントをその場でつけさせた。


「似合うかしら」


 優しく微笑む、自分の姉に対して、リリーはまったく悪意を感じさせない笑顔で、「ええ、とっても似合うわ」と答えた。



 しばらくして、またジーナが寝込むようになったという話が聞こえてきて、喜んだのは、当然三人の娘たち。

 しかし、それも一瞬のことだった。


「きゃぁっ!」

「ぎゃぁっ!!」

「ギャアァァァァ!」


 三者三様の叫び声が上がる。


 メイドに夕食に呼ばれて、廊下を歩いていたライラとリリー。突如、首の周りに黒い炎があがったのはリリー。お腹の辺りに黒い炎があがったのはライラ。

 そして夜会に向かおうとしていたラヴィニアは、屋敷を出て馬車に乗り込む直前、身体全体を黒い炎に炙られた。

 呪いに込められた思いの深さ分、激しい炎となって返ってきたのだ。

 炎が消えた後には、彼女たちそれぞれに、炎があがっていた肌が黒く煤けた状態になり、その色は洗っても落ちることはなかった。


「何が起きたというのっ」

「酷いっ、酷いっ、なんでっ」

「いやぁぁぁぁぁぁ!」


 自分たちが行った呪いが返ってきたとは考えもしない彼女たち。

 当然、そんなことは知りもしない家人たちは、謎の症状に医師や神官を呼び、どんなに調べてもらったがわからず、治療することも出来なかった。

 そして人の口には戸は立てられない、という言葉の通り、ついには、彼女たち自身が呪われている、という噂が立つ。

 しかし、ボイド姉妹はまだマシだった。服やアクセサリーなどで隠すことが出来るから。


「酷い、酷い……どうして私が……こんなめに」


 屋敷の奥深く、誰もやってこない一室。

 真っ黒な肌に、泣きすぎて真っ赤になった目でくうを睨みながら、ラヴィニアは一人、呟き続ける。

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