第318話
教会を出てすぐ、ハロルドさんについてきたと思われる護衛の方々に守られながら、私たちは王城へと足早に向かう。裏口のようなところから入ると、誰とも会わずにどんどんと進んでいく。気が付けば、いつの間にか、王城のある一室へと案内されていた。
「おお、待っておったぞっ」
ドアを開けて早々、大きな声をあげて私たちを迎え入れたのは、ヘリウスをもっと年をとらせたような感じの狼獣人の男性だった。目の下の黒々とした隈の様子から、だいぶお疲れ気味な感じではあるものの、ゴージャスな格好からして、ヘリウス似のこの人が王太子なのだろう、と勝手に想像する。
どれだけ急いでいるのか、互いの自己紹介もなく、部屋の奥へ進んでいく。ハロルドさんが、どれだけ信用されているのか、わかるものだ。私たちは無言で彼らの後をついていく。
どうも奥にもう一つの部屋があるようで、そのドアからいやな臭いがしてきた。
……何かが腐ってるような臭い。
「うっ、何、この臭い」
思わずそう呟いて、指で鼻をつまんでしまう。それくらい酷い臭いなのだ。
「何? どんな臭いだ?」
「えっ、こんなに酷い臭いなのに、感じないのっ!?」
イザーク兄様が不思議そうに言うので周囲を見回すけれど、周囲の誰もが平気そう。後ろにいた獣人のハロルドさんたちまで、困惑気味だ。
その様子から、もしかしてこの匂いは、と嫌なことを想像してしまう。
「父上、失礼します」
ノックもせずにドアを開くと、先程のよりもキツイ腐敗臭とともに、一気に淀んだような靄のようなモノが部屋から溢れ出てきた。そのキツさにクラッとする。
こんな空気の中に、人がいるのっ!?
目を眇めて、足が止まってしまう。しかし、他の面々は気にせずに中に入っていく。結局、私も、イザーク兄様に背中を押されて、嫌々ながらも中に入っていくしかない。
薄暗い部屋の中、靄でいっぱいで、中の様子が窺えない。
「父上っ!」
そんな中、王太子の声が聞こえてきた。中に入っていくと、大きな天蓋付きのベッドの影らしきものが見えてきた。そこに誰かが横たわり、そばに大きな塊のような影が見える。もしかしてあれが、国王だろうか。
「父上、聖女様がいらっしゃいました。その手をお放しください」
「……嫌じゃ」
なんとか聞き取れた、国王の掠れた声には、まったく力が感じられない。
「お願いです。聖女様に、サンドラ様を見て頂きましょう」
「嫌じゃ、離れぬ……離れぬぞ。私はサンドラの側から離れぬっ!」
無理に王太子が国王の手を外そうとしているのか、徐々に拒否する言葉に力が入ってくる。それは、まるで子供が駄々をこねるかのようにも聞こえる。
「父上っ!」
「いいですよ。無理に放さないでいいです」
私が思わず声をあげる。
「それよりも、この部屋、窓ありますか。かなり空気が悪いので、窓を開けて欲しいです!」
だって、これ以上、この臭いに耐えられないんだものっ!
私の言葉に、ハロルドさんたちが慌てて窓を開ける。おかげで、空気が少しはマシになった。部屋の中の靄が薄まり、月明りとともに映し出されたのは、ジーナ姉様の呪いがかわいいと思えるほどに、恐ろしく醜く黒々とした呪いの蔦に絡まれたナニかだった。
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