第334話
おじいさんが連れて行ってくれたのは、古びた食堂で、時間的にもう閉店間際のようだった。薄暗い店の中には、二人の労働者風の中年がいるくらいだ。
「ネイサン、珍しいね」
おじいさんと同い年くらいのおばあさんが、私たちの方をチラッと目を向けてから、声をかけてきた。彼女しかいないのか、ずいぶんと疲れた感じのおばあさんだ。
「……飯」
「ありあわせのもんしかないよ」
「構わねぇ」
おじいさんは一人先に、店の奥のテーブルへと向かっていく。
「あんたらも、同じもんでいいかね」
「構わないわ」
「任せる」
私たちはおじいさんの向かい側に並んで座る。
「はいよ」
おばあさんはすぐにおじいさんの目の前に、木製のジョッキをドンッと置く。たぶんエールだろう。おじいさんは無言で、そのまま口にして、ごくごくと飲んでいく。
「お兄さんも飲むかい」
「いや」
「お嬢ちゃんは」
「え、飲んでいいの?」
一応、見かけは未成年な年齢だから飲まないように遠慮してたけど、こっちの大陸では、子供でもエールを飲むのか!?
「まぁ、飲む子もいるにゃぁ、いるが、勧めはしないね」
「なんだ」
残念。
いや、飲んだことはないから、旨いかどうかはわからないけど。
「ブープのジュースでもどうだい」
「ブープ?」
「おや……お前さん、よそから来た子かい。この辺の子らなら、小遣い稼ぎに集めてくる果物なんだがね」
「へぇ~」
リンドベル領周辺でも聞いたことがない果物の名前に、興味津々。イザーク兄様も聞いたことがなかったらしく、私の分と合わせて二つ頼んでくれた。
味はブドウジュースに近いかもしれない。色合いは少し濁ったクリーム色。果実をすりつぶしただけのそれは、どろっとしている。これ、いわゆるスムージー的な感じ? いや、それよりも、もう少し、ごろっとしているか。
「……む、温い」
つい無意識に、冷やす魔法をかけてしまう。
「イザーク兄様も、冷やす?」
「ああ、頼む……うん、冷たい方が旨いな」
「だよね」
そんな私たちのやりとりに、目の前のおじいさんが固まっていた。
「うん?」
「お嬢ちゃん……魔法使いかね」
そう聞いてきたのは、料理を持ってきたおばあさん。お、あれは焼き魚か。いそいそと皿を受け取る私。
「魔法使いというか、魔法も使える冒険者だ」
イザーク兄様は、おばあさんに笑顔を向けながら、私から皿を受け取った。
「へぇ~。そいつは、たまげたな……随分と器用に入れ物だけ冷やすもんだ」
「あ、あれ? こんなの普通じゃないの?」
あっちの大陸では普通にやってたけど。
あ、もしかして、双子がいたから、目立たなかったのか!?
「……まぁ、この辺の魔法使いは、大きな攻撃の魔法は使うがぁ、そんなちんまい魔法の使い方はしないからねぇ」
「そもそも、こんな店に、冒険者どもは来ん」
「ふんっ、こんな店とはなんじゃ、こんな店とはぁ」
おじいさんの目の前に、私たちと同じ焼き魚の載った皿がドンッと置かれる。
ちょっとだけ、私たちのよりも大きく見えた魚に、おばあさんの、密かな愛情を見た気がした。
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