閑話

イニエスタ・マートルの後悔

 シャトルワース王国、魔術師団団長補佐であるイニエスタ・マートルは、大いに後悔していた。

 第二王子の我儘に付き合って、聖女を召喚してしまったことを。


「マートル様! 大変です!」


 聖女を召喚して一週間。聖女、と呼べるのか、不安になるような老婆が現れてから、第二王子は不機嫌なままだ。


「朝から何だ」


 書類を睨みながら、部下の言葉に返事をする。第二王子の愚痴に付き合わされる前に、やれる仕事を終わらせないと、いつまでたっても書類の山が減らないのだ。

 特に、召喚の儀式を行ったせいで魔力を使い果たした魔術師たちが、ようやっと復帰してきたせいもあり、書類の量も増えている。


「せ、聖女様が」

「ん? 目覚められたか」


 昨日、午前中に見に行った時には、相変わらずベッドで眠っていたのを確認している。治癒の魔法で病気は治しているはずなのに、一向に目覚めない。しかし、彼女がいることで、魔の森から現れ、王都の方へと向かってくる魔物の数は減少傾向にある。

 このままでもありがたい存在のはずなのだが、第二王子はそれが許せない。

 二百年前の聖女伝説に夢を持っているせいだ。聖女と結ばれた者が王位についたという昔話。この国に住む者なら誰しもが聞いたことがあるおとぎ話を、第二王子は本気で信じている。

 それなのに現れたのが老婆だったせいで、大いに落ち込んでいるのだ。若い聖女だったら妻にして、自分自身は王太子になると期待していたから。

 最近は、今回現れた聖女を亡き者にして、もう一度、召喚できないか、などと、恐ろしいことを聞いてくるから、手に負えない。神に愛されている聖女を手にかけたら、どんな災いが起こるのか、予想もできない。


「い、いえ。聖女様が消えてしまわれました」

「そうか、聖女様が……って、なんだとっ!?」

「も、申し訳ございません! 今朝になってメイドのほうから連絡がありまして」


 冷や汗をダラダラ流しながら部下の報告は続く。


 曰く。

 今朝、午前中の担当のメイドが世話をしに行ってみると、昨日の夕方の担当のメイドが、聖女の部屋で寝ていたと。

 そして聖女本人の姿がまったくなかったと。

 夕方の担当のメイドは、聖女の世話をしようとベッドに近寄った後の記憶がまったくない、とのこと。

 何が起こっているんだ、と頭を抱えるイニエスタ。


「そ、そういえば、まったく関係ないかもしれないんですが」

「なんだっ」


 八つ当たり気味に問いかけると、部下はビクビクしながら、調理場の騒動を話し出す。食糧庫の食料がごっそり盗まれていた、と。


「それが聖女様と何が関係ある」

「いや、関係ないかも……です」

「そんなことより、聖女様を探さねば」


 イニエスタ・マートルは後悔している。

 第二王子の我儘に付き合って、聖女を召喚しなければよかったと。

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