第16章 おばちゃん、久しぶりに恋心を意識する

第164話

 一応、いきなり飛ぶのは迷惑をかける可能性もあるので、事前に伝達の魔法陣で連絡をいれようと思った。実際、王都で飛べる場所は、リンドベルの屋敷しかないから。そこにイザーク兄様がいてくれないと困るのだ。


「ん~、今日の夜、お屋敷にいますか? でいいかな」


 私が転移ができる話はしてあるけど、実際に王都まで行ったことはない。領都から魔の森の家までの距離よりも、だいぶ距離があるけれど、一人での転移だったら、軽く行けそうな気がする。

 手紙を送り、店じまいを始めた。すでに日は傾いて、窓の外は、赤くなっている。お客さんの姿ももうない。カーテンを閉め、店のドアの鍵を締めたところに返事が届いた。イザーク兄様、早すぎない?


「なになに……うん、夕食の後なら大丈夫そうかな」


 普段は近衛騎士の寮にいるイザーク兄様だったけれど、私の手紙で王都の屋敷のほうに行ってくれるみたいだ。うん。さすがに近衛の寮の場所は知らないからね。

 久しぶりにイザーク兄様に会える、と思ったら、少しだけワクワクした。


 店から屋敷への移動はもっぱら転移だ。自分のために用意してもらった部屋へと直接飛ぶ。慣れたもので、いきなり私が部屋から出てきても、誰も驚かない。そして、当然のように私の食事も用意してくれている。ありがたいことだ。

 今日はパメラ姉様とニコラス兄様は、久々に冒険者ギルドで受けた護衛の仕事をこなすために屋敷から離れていたので、私を含め、ヘリオルド兄様ご夫婦と、エドワルドお父様たちの五人で食事だ。


「この後、イザークに会いに行くのか」

「はい。すっかりピンバッチを渡すのを忘れていたので」

「ふんっ、あいつが王都に居続けるのだから、仕方あるまい」

「エドワルドお父様、それはイザーク兄様が可哀相です。お仕事なんですから」

「ミーシャは優しいなぁ」


 うーん、お父様たちがデロデロに甘やかそうとしてくれて、なんとも照れ臭いんだけど。実の両親はすでに他界しているけれど、子供の頃にここまで甘やかされた記憶がないから、余計に恥ずかしい。


「しかし、王都のほうは、まだキナ臭いのであろう?」


 エドワルドお父様が、ヘリオルド兄様に問いかける。


「そうですね……ただ、マルゴ様が離宮に入られてからは、ヴィクトル様がかなり張り切ってらっしゃると。すぐに仕事を終えて、離宮に籠られるとか。イザークも、王城での警備をする時間が短くなって助かってるようですが」

「おいおい、婚姻よりも先におめでたなどという話になるのではないか」

「まさか。そこまでは」


 楽しそうに話している二人に、チラリとジーナ姉様へと目を向ける。彼女も楽しそうに微笑んでいるあたり、微妙な話題であっても大丈夫そうだ。

 最近は、アリスお母様も屋敷にいることが多いので、ジーナ姉様の負担も少しは軽くなっているようだ。食事のことも、料理長たちと相談しながら、調整しているようだし。マルゴ様よりも、こっちの方が先なんじゃない? 無意識に、笑みが浮かんでしまう。


「どうした、ミーシャ」


 面白いものを見つけた、という顔で目を向けるヘリオルド兄様に、「なんでもないですよ~」と、受け流した私は、デザートの焼き林檎を頬張った。ん、うまい。

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