第317話
奥の部屋で司祭から出されたお茶を飲みながら待つこと、三十分程。その間、この教会のことを聞いてみると、信者数はやっぱり多くはないようで、細々と運営しているらしい。確かに、あの精霊の教会を見てしまうと、そうなるのもわからないでもない。
そんな話をしていると、いきなり部屋のドアを勢いよくノックする音が響いた。あまりにも大きな音だったもので、びくりと肩が震える。
「はいはい、そんな壊れそうなくらい強く叩かなくても……開いてますよ」
優しい声で司祭が声をかけると、すぐさまドアが開く。
「す、すまん、ジュード、そ、それで聖女様はっ」
司祭のものと思われる名前を言いながら汗を垂らしながら現れたのは、司祭よりも少し年上に見える文官の格好をした狐の獣人。忙しなく室内をキョロキョロと見回している。一方の司祭は「は!? せ、聖女様!?」と驚いて、目を白黒させている。
「貴方は?」
イザーク兄様の冷静な声に、ハッとしたように、文官らしき狐獣人は兄様の方へと顔を向けると、深々と頭を下げる。
「し、失礼しました。わ、私は王太子様付きの従者をしております、ハロルド・モントンと申します」
「イザーク・リンドベルだ。後ろにいるのは私の兄弟たちだが……念の為、貴方の身分の証拠になるものを提示していただけるか」
「あ、すみません、慌てすぎてて……王太子様より、これを見せるようにと仰せつかっておりました」
ハロルドさんはジャケットの内側から、メモを取り出してイザーク兄様に差し出した。それは、兄様が先に送った手紙だったようで、そこには誰か別の方が書いたと思われる、サインがついている。
「確かに。王太子殿下のご署名のようですね」
「あの、それよりも聖女様は」
「ハロルド兄さん、聖女様とはいったい」
「お前は黙ってろっ」
うん、この狐獣人たちは兄弟なのはわかった。しかし、司祭の方は詳しいことは聞かされていないようで、困惑している。
「モントン殿、落ち着いてください。聖女様はこちらです」
そう言ってイザーク兄様が私の方へと目を向ける。仕方がないからイザーク兄様の隣に並んで、ハロルドさんの前でペコリと頭を下げる。
「えっ、聖女様は黒髪黒目と聞いていたのですが……」
「あ、そうだっけ……精霊王様」
『ああ、わかっておる』
するとすぐに、私にかけられていた変化の魔法が解かれて、いつもの黒髪黒目の私の姿に戻る。この姿は、ちょっと久しぶりかも。
「おお……」
「え、え? これは、どういう……」
ハロルドさんは混乱している司祭のことを気にしている余裕はない模様。
「恐れ入ります、急かすようで申し訳ございませんが、王城の方へお急ぎくださいっ」
「何かあったのですか?」
「くっ、ここでは詳しいことは申せません、しかし……」
泣きそうな顔のハロルドさんに、私もかなり状況が切迫しているのを察してしまう。
「わかりました。急ぎましょう」
「あ、ありがとうございますっ」
「ハロルド兄さん、後で説明してくださいっ」
「……話せることがあればな」
ないね。たぶん。
納得いかない顔の司祭を残し、私たちは王城へと向かうことになる。
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